東京都府中市 京王線府中駅前【顎関節症に詳しい医院】

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顎関節症に詳しい歯科医院

このサイトでは、顎関節症、噛み合わせなどの問題について、当院の考えや取り組みを紹介しています。

このホームページは、事、咬合(噛み合わせ)という世界を、とことん掘り下げて紹介していこうという、そんなエネルギーで、書いております。

別に、全ての項目を読まれる必要は無いかと思います。
知りたい、あるいは、面白そうじゃない、そんな興味をもたれた方には、頑張って、是非読破されてください。

どの章も、一話完結になるよう、工夫しております。

ですので、決して、全部読まれようとはされないでください。
それよりかは、ご自身が、興味あるいは、必要性を感じられた部分を読んでいただければ、良いと思うのです。
そして、知りたい分野だけ、読まれて欲しいと思うのです。

また、私自身、成長するホームページでありたいと思う想いがありますので、定期的にをしている側面もあります。

そして、書いている私自身が、ある種楽しんでいる側面すらあります。
そう簡単には読破されるものかと…だから、決して、全部を読まれる必要性は感じておりません。

楽しみたい方がいれば、是非読破されてください。

特集

新シリーズ

『歯科と医科の盲点』
最終更新 2018.04.13
私自身、長年結果論ですが咬合と全身の関わり合いを研究する(ような)状況に陥ってしまいました。いえ、正確に言うと必要に迫られました。

このシリーズを読む

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    最終更新 2020/08/14
    歴史が得意と言う訳でもありませんが、決めつけられる人は、必ずいる
    よく、コンビニの数より、歯科医の数の方が多い。という言葉をメディアの方は、好んで発せられる場面を
    記事なり、コメントから目にする事があります。

    きっと、そうなのでしょう。

    では、質問。

    いつ、コンビニは歯科医の数を抜かした事があるのでしょう。

    これが、歴史上にあるならば、このキャッチ―は、インパクトが凄くなる。
    持たせたい意味を意図を持って独り歩きさせたい場合は、このキャチーはあまり上品でない。

    そんな事を、年を取り性格に素直さがなくなってきたせいか、感じる事があります。

    歯科医の数の方が、元々、コンビニより多かった実際があるにもかかわらず、
    何かを強調したい時に、このキャッチ―が歩く、嫌、走る。

    このキャッチ―を用いながら、何かを伝えたいという表現手法?
    何かおかしいと、思いませんか?


    コンビニの数より、有史以来死んだ男の数は多い。
    これを、聞かされて、その後、何かを聞かされても…
    聞き手のあなたは、何を言いたいのだろうと思いませんか?

    コンビニの数より、有史以来、墓場に入った女性の数は多い。
    これを聞かされて、その後、何かを納得させる為、話されたとしましょう。
    聞き手のあなたは、苦痛を感じる事は無いのでしょうか?

    ポエム?
    ポエム?ポエム・ポエム!

    あたしは、この言葉を大事に使う人に対して、思ってしまう。
    何を言いたいのだろう?
    当たり前の事を、さも、インテリぶって話す自分に酔いしれていませんか?

    性格に素直さが無くなってきた証拠だろうと思いつつも、
    ポエムを語っている様を見て、
    正直、うざいと思ってしまう。


    ストローが、カメに刺さって、プラスティックはダメなの!
    ビニール袋が、海に漂うと、良くないの。
    だから、レジ袋を止めないと行けないの。

    ポエムだよな…

    環境大臣と、思ってしまう。
    困ったら、セクシーだろ!で、済む大臣だから。

    ポエムだよな。

    環境大臣、と思ってしまう。
    困ったら、セクシーだろ!で、赦される大臣だから。

    レジ袋を有料化した所で、環境問題が解決しない事は知っている。
    大事な事は、環境意識を国民が共有する事だ。
    逆に万引きが増えてしまったという驚きの事実を知る。

    ポエムだよな。

    環境大臣と思ってしまう。
    自分に、酔いしれているのだろうな。

    でもね、環境に意識をしてもらうために、炭素税を導入しようという言え言葉は、
    小泉環境大臣、ポエムじゃ許されないと思うぜ。
    自分に酔いしれるのは、自分と、自分の取り巻きの中でやって欲しい。
    これ以上、セクシーだろ!と、スギちゃんのギャグをパクって欲しくない。

    と、小心者のいじけた声でした。

    これからは、あっしも、コンビニの数より歯科医の数が多いのです
    心の声は、有史以来歯科医の数が、コンビニの数に抜かされたことは無いのです。という所は、隠して
    ポエム大臣のセクシーだろ、に対抗してみようかしら?


    さて、夏休み。

    満喫する筈!
    目標、2日は、歯科の事を考えない!

    セクシーだろ?
    違った、コンビニの数より歯科医の数の方が多いのです。
    天才の言葉に聞こえるだろ。

    こうなるのかな…

    そういう所で、おしまい。

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    最終更新 2020/08/10
    精度ね…
    精度に拘るべきか、ここで満足すべきか?ひたすら、個人の葛藤は続いています。葛藤をしてるとは言え、実は計測レベルは、今の自分の能力を超えて、精度が上がるように仕向けています。

    葛藤の所以は、単純です。個人に来る負担は並ではない。ここまで、負担を背負ってやるべきなのか?多分、自分の中で諦めに似た心境が来るまで葛藤が続くのでしょう。これを、達観と言うのでしょうが、アッシのような凡人には、諦めるが一番の早道だと思っています。

    しかし、精度を上げると言う作業は、正に言う易し、行うは難しといった側面があります。

    実際、新患の方の分析は、精度を上げたお陰で相当なレベル(過去の私からすればありえない程)まで仕上がったと思っています。

    しかし、この分析は、あたかも自らの命を削るようできつい。
    だから、葛藤が起こるのでしょうね。

    20時間かけた事などざらにありますが、20時間、ここまで情報を読み込んだ事もない気がします。
    全ては、計測制度を更に上げようとした賜物なのでしょう。

    ですが、これが、ずっと続くとなると、果たして持つのかと自問自答は続きそうです。

    参りました。

    おしまい

    *線維筋痛症と疑われた患者の分析でした。
    *この人間の頭のどこに、分析する力があったのか、未だ疑問です。

    後、一人分析が終えたら、やっと、休みに入れる。早く夏休み来ないかな、てな感じです。

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    最終更新 2020/08/07
    精度か…
    精度を上げる事が重要と思いつつ、ここに向かうよう自分を奮起させる事が、とてもきつい物です。
    そんな心境のボヤキでした。

    おしまい
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    最終更新 2020/08/03
    今度は、本音を隠して惰性の悲哀を連れて来るのでしょうか?
    1)また、夜は早く終える経済に戻すらしい。

    東京の感染者数が、そして全国的に感染者数が増えているそうです。で、発症者に関しては、何故かはっきりとしない。
    で、とうとう、うちの知事は、夜の営業時間の短縮を指示し、このまま続くと、また自粛要請をしないと行けないと言われる。

    何故、自粛なのか?
    ①元々、先の自粛は医療インフラがひっ迫する。トリアージを防ぐことを目的としていた。
    ②これが、いまいち分からない。→ここで、報道しない自由を発揮するとは、メディアの方も流石にいつも通りとあきれるしかない。
    ③ホテルとの契約は、何時しかどんどん契約を解除して、ホテル待機は出来ないようされている。
    ④官房長官が、そこは国が金を出しても良い(貸しても良い。)これは、東京問題と称すと、反発で返し
    GO TOキャンペーンがおかしいと、知事が反発される。

    何か、ちぐはぐだと思えてなりません。

    メディアの方におかれましては、嬉々とした悲壮感と共に、日本は終わった。というメッセージを送らないと行けないのでしょう。

    コロナ制圧タスクフォースという流れもあるようです。

    こういった事は、嬉々とした悲壮感の前では、報道することは出来ないのでしょうか?

    とはいえ、実際、悲壮感を前に報道する姿勢のせいか、テレビの広告収入が減っているとも聞きます。
    そりゃあそうだろうなって、思います。寂しいですが。

    科学とか事実を前にではなく、悲壮感という衝撃が、大事なのでしょう。
    でも、その分、見事に跳ね返っているように感じます。

    2)悲壮感の前は、(アッシの曇った眼からみると)正義の報道を頑張られていました。
    モリカケで頑張り、野党が追随し(除く維新)
    桜で頑張り、野党が追随し(除く維新)

    野党は時々、国会開会中、夏休みと春休み、中休みと連休を取る。

    今度は、野党が臨時国会を開会しようと、働きかけているらしい。
    自粛はダメだと言い切っておられたと思いましたが、今度は自粛しないとだめだと、張り切られている。

    情報ですから、どこまでが正解で、どこが捏造・偽造(この表現は不適切らしいです、角度を付けているが適切らしい)か、境界線の見極めは、
    正直、メディアを見る限り、アホな自分の能力では分かりかねます。

    でも、そんな中、うちの知事の着想というか、発想は、どうにも違和感を覚えてしまいます。

    何か(日本がダメになるという点だけに立脚された)意図が、準備されているように思えてなりません。
    でも、きっと、後2~3週すれば、もう少し、この流行り病について見えてくる気がします。

    そうあるだろうと信じています。
    それが科学という存在だと思っています。

    この時、嬉々とした悲壮感の彼らはどうなるのでしょう。

    知らぬ顔で、別の事を言い切るようで、嫌だなって勝手に思っています。

    本当に全体で休むべきなのか、一部の地域に限って休業させるべきか。
    あるいは、業務形態を一部変えれば、出来る可能性は無いのか。

    こんな議論があった、そして、このような展開になった。
    こういった報道は、相当に受けがたい姿勢なのでしょうね。

    すると、嬉々とした悲壮感を表に出す限り、一番は安パイな表現法なのでしょう。

    一個忘れているのは、その瞬間、報道とは呼べない事実だと思いますが。

    3)見方
    結局は見方というか、立ち位置次第で、実は景色も変わるのでしょう。
    ですが、それには、どういった意識でこの国で生きようとしているのか、されているのか。
    そんな所に大事な部分が隠されているのでは、そんな事を思います。

    では、あっしにの中の意識は何なのでしょう?
    いつものように、優柔の性格故、ウジウジ悩んでいる模様です。

    精度に拘るべきか、諦めるか…

    いずれにせよ、本当に自粛に戻すべきか、もっと、事実を知りたいものです。
    おしまい








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    最終更新 2020/08/01
    計測、命と徹っせればよいのでしょうが…
    いつも、ぼかしたり茶化したりと、なるべく書き記したい内容がストレートに届かない工夫を心掛けています。
    1)言葉の力が弱い人間の場合
    変な話です。

    あっし自体は、人間として大した人物ではないですが、一応は歯科医の端くれです。(一応、国家試験を通っているので(汗))
    そんな人間が、何かを感じて発信するという事は(きっと、ブログという存在がそういう代物だと思いますが)実は、とても気を付けないと行けないと思っています。

    離言なんていう表現があるようです。取り立てて、文学に精通している訳でもなく、国語力に秀でた物がある訳でもなく。

    不真面目な人間が何かを語るという行為自体が違和感だらけですが。ま、気が向かれたらお付き合いいただくとして。
    面倒と思われたら、パスをして頂くとして。

    仏教という世界観に照らす時、真如には「離言真如」と「依言真如」があるようです。
    真如とは、本来、言葉で説明し尽くす事のできない、言葉を離れたものという存在になるようです。
    真如には、”あるがまま”なんていう解釈域も認められるようです。

    言葉を離れた存在であるから、「離言真如」と言うのでしょう。
    同時に、真如は言葉で表現できないものとして、でも、言葉に依らねば、伝える事ができない側面もあります。
    ですから、何とかして言葉で真如を表す事が要求される場面もあるのかもしれません。

    これを「依言真如」と表すようです。

    さて、そうは言え、これが嬉しくない言葉の独り歩きを始める時、さてその表現自体が適当だったのか、適切だったのか。
    そんな感覚を覚える時があるのではないかと、経験として思う時もあります。

    賢い人間で、アッシがあれば、言葉の一人歩きをさせる事も無いでしょう。情報の独り歩きとでも言えば良いのでしょうか?そんな事も無いでしょう。
    でも、どうにもこうにも独り歩きをさせる傾向があるらしい。
    だから、そんな能力は無いと割り切っています。
    誤解されやすいと割り切ったり、伝わる事は無いと、自分を受け入れた方が良いと、自分自身を評価しております。

    小難しい表現ついでに、仮に論理和と表現すれば良いのか、離接的判断出来る構成力とでも言えば良いのか、こんな表現に巧みであれば、きっと、独り歩きをさせる事も無いでしょう。


    どうやら、違うらしい。

    だから、何時しか如何にボカスか、そこだけに拘る様にしています。

    本当は問題か、寂しい人間の証拠なのでしょうが。
    暈す事でぼろっかすに言われる事を避けたいのでしょう。

    だから、専門家の端くれと表現する方が居心地が良い。

    2)でも、そうはいかない場合もあるらしい。
    さて、どういう縁か、そうはいってもここの治療に藁をもすがる思いで訊ねて頂くクライアントが登場する事もある。(患者という表現ですら、ぼかしたいのでしょうかね?)

    生体反応に隠された機構があるとは思いつつも、(誰とは書く気はありませんが)相手されず、ま、徒然に相手されない自分を受け入れ続ける訳です。

    そのエネルギーは、実際の所、諦めるという感覚が近いのかもしれない。ま、それも人生と受け入れれば、苦悶は生まれない。

    でも、これで治る時、苦しいが、実は表に出せない時もある。
    ま、不器用と言う事で自分を肯定する限りないと割り切る訳です。

    某大学でリリカという発想で治療を受けていた患者がいたとする。

    線維筋痛症と疑われ、処方された時もある。

    ま、どうなったかは別に。
    誰が何をしたかは別に。

    今は、時々元気な表情を見せに来る。定期的に来院され、定期的に何かを当院では治療の真似事をしている。

    ま、死にたいと家族に電話する事もなく、普通に働いている。別に、どこの病院にも通ってもいない。

    ま、生体反応の異常サイクルを変えただけなのでしょうが…

    でも、臨床という現場は、一々治したことを報告する物でもない。ま、治った実際を報告する物でもないでしょう。エビデンスが強くなければ、
    せめて離接的判断が出来る構成を演出できなければ、報告だって、公には意味をなさないと、自分の論理性のなさと割り切る以外ない。

    ま、医療の一つの役割。社会復帰に貢献できれば、それもありだろうと思ってもいる。

    唯、そういう物なのでしょう。

    ふと、タイミング良く、色々弄られ、ここに辿り着いたクライアントと会う。

    説明を加えながら、フェイスシールドで息が苦しくなり一息をついた際、何気に、もう一人のアッシの頭は、先のような場にぞぐわないかもしれない
    不純な回想をしてしまう。

    この今は、普通に生きています。今考えると、ありえない状況ですという言葉を思い出しながら、10年前を思い出す。50代になったら、大変だから受け入れたくない。体力を消耗するし…今考えると、とても失礼な事を言ったのかもしれない。でも、リリカが良いのか、○○(三環形抗うつ剤が良いのか)。○△歯科大はどうなのか、そんなアッシにとっては非生産性の会話は苦しく、本人にとっては大事な話題は、医療を仕事にする人間にとっては、迷惑千万だったような気もします。

    一緒に戦うか、あるいは、されないか!それ以外ないだろうにと、先の言葉の延長なら言離を決め込んでしまう。
    今更ながらに、何様と言った次第です。ま、その程度の人間なのでしょう。
    唯、あの時の心境は…
    ま、言葉に出来そうなときに、チャレンジしたく思うのです。

    3)ならば、と拘り続け
    せめて分かる事を整理し続けなければという想いが、何かを導き出したのかもしれない。

    上手く行かなければ、生体反応の見出す場所の盲点を、自らを責め続けながら、攻め手を探し出し。
    アホな人間だから、これぐらいでちょうど良いのでしょう。

    上手く行くには、計測という発想を表に出さざるを得なくなり。自らにプロット点を課し、具現化させ。
    アホな真骨頂の発揮でしょう。

    でも、計測は更なるレベルアップをさせなければ、どうにもなるまいと、アホ故に考えだし。

    そんな位置づけが今の立ち位置なのでしょう。

    で、精度に拘るかと、本意でもなく。
    唯、専門家の端くれという限り、仕方ないかと諦め。

    それが、今のもう一つの立ち位置なのでしょう。

    精度に拘る。これが、やはり何度も行き着きたくなくて逃げる理由を探しては、
    でもな、と、拘りを思い出し。

    精度に拘る。眠れない自分と仲良くなりたくなくて、眠る事にあこがれ、でもな。
    と、拘りを思い出し。

    ま、拘りにも戻る以外ないのか…

    ま、そんな心境です。

    何を言いたかったのか?実は、結論は、またも出ません。出ていないようです。
    ま、GDGD計測に拘るか、やはり、やりたくはないけれど・・・


    そんな所なのでしょう。

    しかし、真面目にHPを読んで下さる方がいるとは、驚きでした。

    読ませないがテーマのブログなのに。

    おしまいです。

    それでは、また


















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    最終更新 2020/07/26
    流行りまくっている事は否定しようもないけれど…何かがね?
    三密を(集・近・閉)を怠らず、この精神は日々怠らないようにしています。数だけを嬉々として(心が曇っているのでしょう)悲壮感を全身に滾らせて報道する(ように感じる)テレビを見ると「日本は終わるなって」妙に感傷にふっけってしまいます。連休に思わずニュースを見ようとしたアッシが悪い。

    ところが、ところ変わりネットニュースを何となく眺めると、いやいや、警戒を怠る事をしなければ何とかなると思えてしまう。このギャップは何なんでしょうか?

    アゴラからhttp://agora-web.jp/archives/2047268.html、などを見ると、テレビの報道って科学を全く知らない人間が報道という名を借りて危機を煽っているだけじゃんと、妙に勘繰ってしまう。

    そう言えば、アメリカからは、中国共産党に対し、あたかも彼らからすればアッシらの国がきっと、パニクッタ”ハルノート”のような通達が為された。この事の分析や、日本が進むべき事など、こいつらは本当に興味が無いのだなって思えてしまう。ニュースで、この内容を知りたいと思い拝聴しようと、画面をつけてみれば、全身悲壮感の顔だけが見えてくる。

    アゴラの言う内容の方が合点が行くアッシにとっては、こいつら何を報道したいのかと、心がますます曇る始末。

    領事館を閉鎖し、中国スパイを摘発し、アメリカは全世界に中国共産党に対し立ち上がろうと、映画にすればまるで、一つの佳境を見る感覚を覚える。

    これに対し、何かを受け止めなければならないのだろうし、考えなければいけないのだろうと思いつつも、テレビ画面の中の嬉々とした悲壮感を見ると一緒に日本は終わったと思わないと行けなくなる。そんな演技力は本当にご立派だ。たまには、科学に基づく取材に取り組めば良いのにと思う。NHkにおいては、援護射撃のように新型肺炎(武漢肺炎)の怖さを、ドキュメントで流す。怖いから、すぐに消してしまったけれど。

    ところで、ダウィンが来たには、悲壮感を漂わせる演出が無いから、安心して見ている。義務としてNHKにお支払い続けています。で、何も見ないというのも悔しいからダーウィンが来たを見て、映画鑑賞代と割り切って払う事を納得させている。ところ変わって、BBCは、ウィグルの収容所に対し駐英中国大使に取材を試みる。企画・発案する発想力もない側からすれば、新型肺炎の取材はご立派です。正直思います。

    でも、アッシとしてはBBCの如く、切り込む怖さの方が遥かに貴重なニュースと感じてしまう。でも、一緒に悲壮感を持ちましょう運動に最大の援護射撃如くのタイミングでの放映は、あっぱれと感心してしまう。相当に心が曇っているのでしょう。

    そうそう、ニュースキャスターのリストラが始まるそうです。大物と言われる方々らしいが、何も思えない。更には、ニュース番組事態の枠を減らすという話も、どことなく飛び込んできている。

    何だ、アッシだけでないんだ。妙に納得する。

    伝えた欲しいニュースより彼らが出したい表現に基づく(今は悲壮感)ソースを、科学など無視して、報道するなどと続けていたら相手されなくなるだろうなって妙に安心する。
    正義というか、革命の如くの高昇感を得たい演技をしたい時は、#me too運動であったり(この裏方の影の大黒柱のソウル市長の死については、フワァとした報道のようにも感じますが)、モリカケであったりと。なんだかオカルト映画か、ファンタジー映画の世界を見る様で、年を食ったせいかこの手が苦手のアッシには、どうにも縁遠い感じです。

    http://agora-web.jp/archives/2047268.html


    アゴラは、更に分析をされている。

    どちらに重きを置きたいかと言えば、悲壮感を持ちましょうという演出より、冷静に判断、判別していきましょうという感覚の方が、明日も生きたい側からすれば楽になれる。更に言えば、中国共産党の脅威を世界が認識し始めている現実の方が、嬉々とした悲壮感を持てばよいというメッセージを送る人の存在よりも、遥かに大事な事実と思えてしまう。どうなるのでしょうね?

    良い取材をしている方々を活躍させる事が出来ないメディアに、本当に未来があるのでしょうか?オカルトかファンタジーと割り切るとして、その演技者以外は、不要なのでしょうか?
    いずれにせよ、アッシの場合、ますます、テレビから離れていくのでしょうね。

    新聞を喫茶店で読む物と割り切り、距離を開けたように。テレビも、見ない方が実に心地よいと改めて思いなおした連休でした。
    天気予報と、国際試合ではない国内スポーツにしかニュースの価値が無いと、改めて思いなおした4日間でした。

    心が曇っている証拠でしょう。

    さて、歯牙の形態を如何に回復させるか。その精度と再現性を上げるか、ここに次の技術目標というか解決目標を定めた側からすれば、あまりの壁の大きさに高さに絶望に近い感覚を覚えている今日この頃です。
    今回ばかりは、打ち破れないのかな~。

    ま、ちょっとした心境の報告になります。

    あ~あ、嬉々とした悲壮感を持って仕事で糧を得る体験をしてみたいもんだ。

    考えれば考えるほど、重い。参りました。

    おしまい

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    最終更新 2020/07/17
    流行り病が、また蔓延りつつあるようですが…
    時折、上念司さんのブログやユーチューブを拝聴・拝見させていただく事があります。

    そんな時、東洋経済の流行り病の事を紹介していました。

    https://toyokeizai.net/articles/-/363402

    これを読む限り、無作為に怖がる必要があるのかと、個人のアッシは考えたりもします。

    警戒を怠る事でもなく、メディアの方々が嬉しそうに報じる夜のお店で”たらふく飲む””喰う”を肯定する
    訳でもなく。

    唯、感染者数は沢山嬉しそうに報道して頂くのですが、発症者数に関しては、謙虚の性格のお陰なのか、現実を
    伝えてはいけないという優しさ名の下、大人の事情の苦渋の決断の末なのか、アッシには、一切報道されているように感じません。

    嬉しそうに報道する(報道する顔は悲壮感を更にパワーアップされているように感じますが。アッシは、曇っています)
    様感じる、寂しい性格故に、数に関してはネットで確認する程度にしています。

    報道する方々の、たくましいぐらいな悲壮感ブリと感じる様は、日本の経済を壊してしまえという、隠された大人の
    どすぐらい事情があるのではないかと、勘繰りたく思うのです。

    警戒をさぼって良いという事を訴えたい訳でもありません。

    ムヤミヤタラに何かを煽ろうとするよりも、もっと、科学に基づく報道姿勢があっても良いのではないかと
    思う訳です。

    実際、医療崩壊を狙うが如く、PCR検査を訴え続け、彼らの希望通りPCRの検査数が増えた見れば、ひたすら
    悲壮感を煽る。いえ、ふわーっと煽るという方が正しいでしょう。

    紹介したアドレスをゆっくりと読むと、如何に彼らが何ら整理もせず、ふわーっと煽っている意味合いが取れるかもしれません。

    現場はですね。

    グローブがいまだ発注停止です。
    この意味が何を意味するのか?

    あ、メディアの方は、報道しない自由を謳歌しながら、ふわーっと煽る大人の事情が優先するからなのでしょうか?

    科学という視点を横に添えなければ、ふわーっとさせる以外ないでしょうし、それが結果として煽る事になっても
    不自然ではない。でも、この不自然さを打ち消すには、ふわーとさせる事と、悲壮感を漂わせる以外術もないように
    も、感じます。

    ま、そんな嫌な感じを受けるが為に、報道の方がかかわる画像は受け入れないよう心掛けています。
    これ、あっしの見ない自由の発揮です。
    報道しない自由、政権を破壊させる事だけを狙う自由という名の偏向操作、野党だけを称える自由という名の応援
    報道、ま、個人の趣味ではないので見ない自由で、距離を置くようにアッシはしています。

    で、その自由の中、報道で、アッシが大事にしているのはスポーツニュース。
    ここには、キャスターの方の迫真の演技は無い。
    作られる事実はないし、ある一方向に向かわせる事実偏向もない。
    なんと素晴らしいのでしょう。

    国際試合に関してのニュースは、大人の事情があるようなので見ないようにしています。

    税金のような公共料金とでも割り切る皆様の〇HKは、動物番組ダーウィンが来たが最高です。
    ここにも、意図した操作は無い。
    何とも心地よい。

    ま、そんな感覚で、アッシなりのふわーを大事にしています。

    ま、そんな性格紹介でした。

    でも、これを続けると現行のメディアと言われる会社の、どれくらいが5年後、いえ、3年後かも知れません。
    羽振りが良い状況を維持できるのと思う次第です。

    だって、その大人の事情を守る努力の為、あっし、テレビから相当に距離が開きましたから。
    コマーシャルも何が面白いのかも一切知りません。
    視聴される方が多ければ、コマーシャルに協賛する企業も変わらずあるのでしょうが、実際、少なくなってしまった際、
    協賛する企業ってあるのでしょうかね?

    これ、個人の疑問点。


    そうそう、計測の機器は素晴らしかった。
    おかげで、新たに気が付けるものもありました。

    さて、どうするか?

    考え続けたく思います。

    一世一代の決断と言うくらいに販売価格でもありました。

    さて、どうするか?

    *小心者ゆえに、これに対し、何も報告しないかもしれません。
    どうぞ、承知ください。

    落ちもない所で、おしまい


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    最終更新 2020/07/14
    悩むなら、見ないで悩むよりも、確認して能力を図ってから悩む事もありかと…
    心臓はバクバクしています。実際、企業の工場に行ってみようと、紹介された方に進められます。
    どうにもならんと、課題に気が付きつつ、困っている自分と、
    どうにかなるかもしれんと、理解して、金繰りに悩む自分。

    どっちが良いかと悩んで、まあ、見に行こうと決め直します。

    今流行りの、テレビ電話は、私がいまいち乗り切らず。
    デモストレーションというなら、わざわざ来られなくとも、自分が行く方が
    早いのでは、と思わず言葉を発す。

    え、何で?

    こんな言葉が自分から出るなんて…

    ま、仕方ない。

    見ないで悩むよりも見てから悩もうと思いなおす訳です。

    おしまい
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