東京都府中市 京王線府中駅前【顎関節症に詳しい医院】

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顎関節症に詳しい歯科医院

このサイトでは、顎関節症、噛み合わせなどの問題について、当院の考えや取り組みを紹介しています。

このホームページは、事、咬合(噛み合わせ)という世界を、とことん掘り下げて紹介していこうという、そんなエネルギーで、書いております。

別に、全ての項目を読まれる必要は無いかと思います。
知りたい、あるいは、面白そうじゃない、そんな興味をもたれた方には、頑張って、是非読破されてください。

どの章も、一話完結になるよう、工夫しております。

ですので、決して、全部読まれようとはされないでください。
それよりかは、ご自身が、興味あるいは、必要性を感じられた部分を読んでいただければ、良いと思うのです。
そして、知りたい分野だけ、読まれて欲しいと思うのです。

また、私自身、成長するホームページでありたいと思う想いがありますので、定期的にをしている側面もあります。

そして、書いている私自身が、ある種楽しんでいる側面すらあります。
そう簡単には読破されるものかと…だから、決して、全部を読まれる必要性は感じておりません。

楽しみたい方がいれば、是非読破されてください。

特集

新シリーズ

『歯科と医科の盲点』
最終更新 2018.04.13
私自身、長年結果論ですが咬合と全身の関わり合いを研究する(ような)状況に陥ってしまいました。いえ、正確に言うと必要に迫られました。

このシリーズを読む

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    最終更新 2014/12/03
    心身医学を介しての葛藤(その18) ~これは、誰の得になるのでしょうか

    保険の摩訶不思議な世界観を知っていただいた上で、別の問題を提言出来るかもしれません。それは、ドクターの技量であり、経験を今度は上げて良い気がします。

    でも、そこには、必要な項目が、多分、その“ドクターの医師として”の“良心”もあるかもしれないから、余計難しいのでしょうね?

    ここが見えない精神世界故に、健保法信奉者が着け入る場所があるのかなって思うのです。
    どんなに、安全性と、有効性が経済支援法と関連性が薄いといっても、伝わらないのでしょうね。

    良心があれば、解決が出来るという、(理想期待論的)精神論を成立させているのだと思います。

    失礼な言い方をします。経済弱者が住むアパートと、大手マンション業者が建てたマンションは、同じように安全であると、きっと、彼らは言う気がします。暮らしやすさはと問いかければ、別の素敵な言葉で、普通、納得せざるを得ないような余裕な用語で切り返すのだろうな、そう思います…

     地震と言う例外事項ではなく、環境面とか、色々あったとしても素晴らしい切り返し用語を用意しているのでしょうね…

    でも、こう考えると分かりやすいかもしれません。彼らの言う安全て、もしかしたら食中毒的側面かなって思うのです。15分でさーっと食べ終わるラーメンと、1時間かかるフランス料理では、食品安全法上、安全だろって、言っているのだろうな。食中毒になりませんものね。

    おいしさは?と問いかければ、それは、感性の世界だと切り返すのでしょうね。

    でも、文章にある言葉を幾らお経のように唱えられても、既に保険制度が、自費診療を凌駕している部分など、一個もありません。ここが、大事なところです。
    技術は、手間暇かけ、確実に、段階的に行わなければ、結局の所、いいものなど出来ません。それには、時間も経費もかかります
    1/10で、何ができるの?

    いつの間にか、法の下の平等が、経済的弱者に合わせるようにしているのではないでしょうか?なんとか払えるかもしれない中産階級を無視し、裕福層には、逆差別的に搾取のみを行い、帳尻を合わせている…
    そう考えると、信奉者が、一生懸命混合診療は、***と色々な角度で言ってくるのも必然かもしれません。

    経済弱者に合わせている限り、法の下の平等は言えるでしょう。
    公平、安心という言葉を常に、掲げている事は出来るでしょう。

    この国を支えた中産階級市民の壊滅につながるような気もしますが、この国は歴史を忘れる方策に転換するのでしょうか?中産階級の壊滅は、治安の悪化、モラルの低下、学力の低下、と、逆に社会維持費が増える事を意味しますが、どこに、立法は、司法は、そして行政はその先を見ているのでしょうか?

    ところで、この論法でいくと、最後は無所得者に合わせる事になりますが、この国は、乞食の国に政策転換をするのですか?

    ライセンス者が一番支配されなければいけない医師法、歯科医師法、薬事法よりも、健保法を上にかざして、前門を固めて、後門のトラたる大臣の言葉を用意している意味はなんだろうと考えます。

    ここが、大いに疑問です。

    これは、誰の得になるのでしょうかね?

    半世紀前のルールを一生懸命守る事で、給与を貰う方々の為ではない事を心から祈りたく思っています。

    独自性で、自費を走る先生方は素敵です。インディペンデントと思います。しかし、この本質的問題から逃避するがごとく、流されまいとする集団が、哲学論かもしれませんが、一番、マゾ的にサド的に、そして、ナルシスト的に流されるからどうなのだろうと、考えてしまうのです。

    ただ、強引に治療行為をするというのは、唯、無理な治療を行うというのは、まさに、健保法の信奉者の思う壺なのかもしれません。

    治療を受けられているだろうという、言葉に置き換える事が出来る気がします。

    頭が痛くなります。本来は、方法論の一つでしかない経済支援法が、医師の覚悟より、歯科医師の覚悟より、薬剤師の覚悟より上という事にしてしまったわけですので…国家試験の価値も落とされたものです。

    最後に大事にするべきは、どこの層で、次に守るべきはどういったセーフティーネットを用意するかだと思うのですが…

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    最終更新 2014/12/03
    心身医学を介しての葛藤(その13) ~歯科医師法と健康保険法

    *体が、お辛い方はこの章を飛ばして下さい。また、雑談から始まっております。
    実は、当院に来られる患者さんを介して、僕もいろいろと調べざるを得ませんでした。
    筋骨格系の障害、機能障害、障害、リハビリ、心身医学等々
    まだまだありますが、ま、それも気が向いたときに、紹介するかもです…
    まず、そういった病態があると受け入れる事からが始まりでした。回想はこれぐらいにして続けます。

    そうこう考えたり調べたりするうちに、実は、我々医療提供者側だけの問題と捉えるだけでは済まされないと、考えるようになりました。

    良い歯医者がいない、歯医者は行ってみなければよく分からないという言葉に顕著に出会う気がします。

    そして、同時に受信意欲の低下という問題も出てきているようです。

    別に社会学者でもないので、私の情報(私の主観でしか過ぎません)が、正しく物事の本質を捉えているかは分かりません。

    でも、景気が悪いから患者が来ないという理屈だけはあまり納得ができません。というのも、緩やかに患者は来ない業界になって来ているわけですから…

     この理由がどこにあるのだろうというのが、私自身のそもそもの疑問点の一つでもありました。

    で、ある時気がつくのです。あくまでも僕なり、にです。

    行政システムと申せばよいのか、この環境が悪化し始めている、見方を変えれば、制度疲労がもそもそもの問題の根源があるのではないか?このスタート地点からの見直しを行わなければ、ややこしくなるように個人としてはしています。

    歯科医が、個人レベルの努力で解決するには、あまりに時代性のヒエラルキー、歯科医間の知識、技術の格差が出ているのではないかとも、思うようになっています。
    だからと問いかけられれば、それまでですが…

    しかし、この根底を変えることなく、ただ現場と患者サイドが、やれ保険、自費とやりあっても、その性質上、自費は精密度のこだわり、保険は各クリニックのこだわりであり限界があると思います。そして、患者の持つ情報力と所得力にのみ、その解決を一方的に管理する側が無関心でいられても、発展系は生まれない気がします。

    規制を管理する側が投げ出せば別です。しかし、その瞬間、国民皆保険も投げ出される事を意味する気がします。だから、難しい。

    医療サービス提供者である歯科医サイドにせよ、サービス享受者の患者サイドにせよ、個々の努力や行動は当然あると思います。が、実は、その本質論に、この医療を管理する側全体にその問題の根源が隠されているように思えてなりません。

    何かおかしい気がします。

    歯科医療には保険診療と自由診療という保険外診療があります。

    そして、私達市民は、健康保険法(以下、健保法)の保護により、保険を用いて、保険医登録機関に保険診療を受ける保護をもらっております。同時に、これは、患者になった際、医療を安価に受けられるための経済的支援法的側面があります。(以下、経済支援法)

    この経済的支援法の側面が、世界水準の1/10で、サービス提供者側は原資を得ているわけです。この数字は、今の所ルールですから、個人の見解を述べる必要はないと思います。問題は、経済支援法で安全性や有効性を確保しようという発想だと思います。

    医療の安全性・有効性保険は本来別問題です。言い方を変えれば、同じ土俵で語るべき物ではないと思います。

    健保法で自由診療を含むすべての医療の安全性、有効性が守れると考えるのはどうなのだろうと思うのです。(自由診療は、健保法の管轄外です。)

    安全、有効性は私達の場合、歯科医師法が保証していると思います。
    健保法が、保証しているのではないと、国語力の弱い僕ですら、何度も考えても同じ結論に行きついてしまいます。国語力が本当に弱いみたいです…

    この歯科医師法が、患者であるあなたの、あるいは、近しい方々の安全性や有効性を保証していると強くしんじ、そして、思っています。

    カルテ番号の間違いによる返戻や、病名記載漏れの返戻や、整合性(保険請求上)の不備と言う形(このような請求は、保険のルール上出来ません)での返戻はあっても健保組合から、医療厚生の方々から、安全性の問い合わせを受けた歯科医の先生は、多分、いないと思うのですが、どうなのでしょうか?

    何故、経済的支援法の位置づけでしかない、健保法に、全てを束縛されないといけないのでしょうか?

    東京地方裁判所の判断は、僕には難しい言葉の羅列でしたが、結局、健保法にその全てがあると宣言したとしか思えませんでした。

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    最終更新 2014/12/03
    心身医学を介しての葛藤(その3) ~先端医療技術の考え方、概念を知らないふりをする事

    図示すると、こんな感じでしょうか?詳しくは、とはいえ、保険はをどうぞ。
    *体のお辛い方は、もっと飛ばされる方が良いかもしれません。あるいは、仲の良い方に要点だけを教えていただけると素敵かもしれません。独り言です。ネット用語では“愚”という表現でしょうかね。

    さて、ここで、大きな問題が、隠されている事を時として気がつく方もいるかもしれません。
    医療費は削減。
    数字は、あまり気にしないでください。他意も、何もありません。何もないです。本当です。

    独り言です。

    一応、進歩をしつつも、ま、国にお金がある訳ではないので、止めるしかないかなと、判断されているしまっていると。

    独り言です。

    おとと。
    こう言う事は言ってはいけないと。

    お偉い裁判官は判断しただ。間違えた。お代官さんは判断しただ。

    ならば、差額徴収を認めてクンロ!

    法的根拠はないけれど、麻呂は認められないぞえ。己らは感違いをしている、それを混合診療というのじゃ。

    国民の文化的、健康的は、どこに行くんでケロ?

    麻呂は、お代官ぞえ。認めないぞえ。
    ぞえぞえ、保険がすべてじゃぞえ。嫌ならば、自費診療を受けるしかないぞえ。

    そこを工夫して、国民皆保険を守ろうとは思ないケロか?少しでも享受できる環境を作るのは、いけないでケロ?

    ぞえぞえ、麻呂は認めないぞえ。

    なんでケロ?

    ぞえぞえ、麻呂はい・や・じゃ・ぞえ。
    ぞえぞえ、天下の朝見るも、読む見るも突っ込みを入れられないぞえ。例え、日記絵見るが言ってものう、ぞえぞえ。ほほほほ…
    麻呂には、キシュキシュシュッポポクラブが味方に付いているぞえ。
    きゃつらは、自分の意見は言えるかなぞえ、ぞえ。ほほほほ…
    安住を捨てて、出来るかなぞえぞえ、ほほほほ…


    こうして、日本の歯科は、先進国から、後進国教育に変更する歴史的分岐点を迎えるに至った。先端技術の、考え方、概念を知らないふりをする事は何を意味するのでしょうか?

    かつて、WHOが認めた治療水準も、先進国が受けられる教育も、ポストグラヂェイトを目指さない限り、何もない…
    きっと、意味する事は、世界水準を知らない歯医者と知らない技工士と知らない衛生士を輩出する事になるのかもしれませんね。無知のではなく、になり、その解決は、既にという事にならないでほしく思います。
    チッチッチッの3拍子ではあまり調子が良い気はしません。

    ところで、このポストグラジュエイトにかかる費用は?
    私は、既に小マンションを買いました。こんなところで如何?(独り言です)

    技術をベースに、生活に直結する物の提供を優先する医療者がいて決して不思議ではないと思うのです。考え方を知り、概念を知り、医療に立ち向かう医療者は貴重かもしれません。そこに腕があるかないかという議論ではないと思います。だから複雑です。
    でも腕も必要です。

    だから、知識を得て賢くなる必要があるかもしれません。
    いろいろな人の協力をもっと、得る必要があるかもしれません。
    いろいろな人を味方にしていく必要があるのかもしれません。
    いろいろな人に、考えてもらう必要があるかもしれません。


    そして、読まれた、あなたにも何かを考えてほしく思います。

    もし、保険で何もかも解決すべきと言う事であれば、現状のままなら限界はあると思います。一時流行りのチェンジなら、覚悟を用意しなければならないかもしれません。

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    最終更新 2014/12/03
    心身医学を介しての葛藤(その8) ~そこを極めること

    何故、このような事を書くのか、あるいは、書こうとするのか、もしかしたら、疑問を感じられる方もいらっしゃるかもしれません。正直、その返答には答えを窮す事もあります。

    ですが、もしよろしければ、こんな風に考えてほしいのです。
    医療における要求が変わり始めているのではないかと。
    命を永らえさせるという時代から、いかに健康で長生きをするか、結果重視から、質重視の時代に変わってきているのではないかと?

    歯科で言うならば、歯があるかどうかではなく、あるいは、無いよりましではなくどう機能していくか、どう性能を向上させていくか、どう健康に関わっていくか、ここに要求が変化してきていると、私は思っています。

     例えば、技術論は、特に素人向けに書く事は実際、そこまで難しくはないように思います。(だから、HP作成業者がいるのでしょう)
    そして、歯科が技術論と、技術に自費診療という保険外の治療法に向かい、いつしか、病名や病態が置き去りにされているのではないかと、懸念する時があります。私たち歯科医が、医療人であろうとする限りこの病名を置き去りに技術論に走る事は時に許されないのではないかと思います。
    医療というサービスの準備として、新しい技術等を習熟、研鑽する事は、当たり前と考えます。その知識を得ること、知り続ける運動をやめる意志も今のところ私は持ち合わせておりません。

    面白いもので技術に一流の医療人は、やはり確実な病態把握を専門性においてはお持ちであるから嬉しく思います。

    しかし、この医療の基礎となる病態や、病名に関して歯科界全体はもしかしたら少し、おろそかにしているのではないかと思う時があります。そんな動機が、こんなシリーズを長々と書いている理由になるかと思います。

    虫歯の説明や、欠損補綴の説明を診断の全てというのであるのならば、何故か溜息をしたく思います。
    それも、診断であると思いますが、治療設計とか、費用的側面とかが診断の要と力強く思われているのならば、何か寂しく思います。
    技術的添削評価が診断の全てと、自信満々に思われているのならば、切ない気がします。
    なんでも顎ずれというなら平和と考えます。
    なんでも噛み合わせが問題と言うならば、僕は相当な愚か者と思います。
    なんでも構造的な問題で捉えるのならば、筋骨格系の問題の現在における解釈を知らない能天気な人だと思います。

    本当に難しい世界です。

    私どもは、現在、インプラントは、(少なくとも私が知りうる範囲ですが)日本で唯一アメリカの***で准教授まで登りつめられた先生に依頼する形をとっております。世界の大学100位には必ず入ります。早稲田、慶応だって入っていないわけですからすごいなと思います。

    “日本の”と言われる先生よりも、“世界の”と言われる先生の偏差値の方が高いかな?って、単純に思っていた所、縁あり、提携が出来る運びとなっているもので…(いつか紹介したく思っております。許可もいただいております)

    その先生のインプラントの診断力は、いつも舌を巻きます。

    好酸球などという言葉まで飛び出してくると、さすが世界に出られた方だけあると、痺れる時もあります。そんな話も、また機会があれば…

    でも、そんな一流と触れると、専門性における診断学の知識は、生半可では許されないと知ります。だから、思うのです。

    技術のセカンドオピニオンは相当の匠しか許されないのでは。
    病態の診断力は、相当に勉強をしていなければならないのではと。
    設備も技術の内と割り切れば、硬組織の読影は、観察報告が秀でているのかな?でもお願いをしている大学病院のCTなどの読影は、さすが、放射線科のプロと思う事が多いのですが、あちらこちらに手を出す形で意見を言われんとする御覚悟は尊重しつつも、中途半端にならなければと、個人としては時々、どんよりとした嫌な雲空模様の際、受けるいやも言えない感覚に襲われる時があるから不思議なものです。

    色々あっていいはずですから、個人の感想でしかないです。
    私などはまだまだ、未熟故おいそれとセカンドオピニオンなどと標榜できません…

    ただ一つ言えます。

    そこを極める事、
    その強さは、やはり並ではないと思います。

    そこを極める事

    あちらこちらに手を出すブラックジャックは、その瞬間技術面での診断力もかなわなくなるのではないかと思うのです。そのオタクというこだわりは、人生をかけたエネルギーに凌駕される気がしてなりません。
    勝手な憶測です。

    例えば、当院も審美の仕事は行っています。
    審美と言えば、審美学会としましょう。

    いつかは、またその数字も変わると思いますが、技巧部門で認定士という所まで登りつめた人間は、まだ、数名しかいません。(具体的には書きません)

    例えば、審美性に関しては、作るのは技巧士である限り、気持ちよい仕事ができる形成を、歯茎の管理をしなければ、いい仕事など生まれない気がします。

    そういったシステム抜きに、意見を語るのは、求められる意見が客観視を相当に要求される以上、私には、安易なセカンドオピニオンと感じてしまい、結局の所、未だ人間味が成熟していないようです。すいません。

    当院は、その少ない認定士に仕事の依頼はかけていますが、それは、またの機会という事で。

    *色々な学会に技量を認められた技巧士、衛生士等がいます。そこをシステムとして押さえられているかも、多分、すこぶる大事な事のような気がします。

    そういった押さえるべき点を押さえずして、幅広いオピニオン外来の誕生は、何を将来、社会に貢献するのか、それとも毒となるのかそれが私には、興味があります。多分、医科のように、科が細分化されていれば、よりその意見は、患者にとっても鋭く客観的になれるのでしょうが、なかなか、今の歯科界の構造では、その部分に関しては、個人としては疑問を感じざるを得ません。

    そして、やはり思います。

    オタクと言えるほど、技術とその専門性の知識を持つブラックジャックの診断力と、幅広く色々なジャンルにまで意見を用意しようとするブラックジャックならば、どれがセカンドオピニオンとして適正なのだろうと…
    その専門性が分からない中での、セカンドオピニオンならそれは、すこぶる難しい局面を迎えないだろうか?そう思えてなりません。

    杞憂である事を祈ります。
    例えは変ですが、脳外に痔の手術のセカンドオピニオンをしようとする人はいないと思います。口臭症外来はあります。顎関節外来はあります。咬合外来はありません。インプラント外来はあります。歯周病でも、あと、なんでもこの際、いいと思います。色々とあります。

    歯科治療の多くは、必ず咬合が絡みます。

    ところで、咬合は?何?

    このパズルを解く事無く、セカンドオピニオンというのも、怖い話のような気がするのは、私が、心配性だからでしょうか?

    ご判断はお任せします。

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    最終更新 2014/12/03
    心身医学を介しての葛藤(その19) ~終わりに~歯科心身症という世界

    信奉者の名誉を守りつつ、20世紀型健保と21世紀型健保に分け、そして、保険医も登録もその2種類に分ければいいと言いました。20世紀の健保保険の限界はその瞬間考えなくて済みます。21世紀健保には、信奉者を混ぜなければいいと思います。彼らは、一生懸命、今後も、無所得者の為に、生きる気力も、考える気力も無くした自由から逃避をする人々の為、心棒をされ続けていけばいいと思います。そして、そこから給与を貰えば良いとも思います。
    そうすれば、まさに、日本人的な誰も傷着かない格好を取れると思います。

    歯科医のカスタマイズドも、今より簡単に出来るようになると思います。
    今よりですので、決して、100パーセント正解など無いと思います。やはり、話を聞いて、考え方を聞いて、実績を、経験を聞いて、そこから判断するしかないと思います。トラブルの経験も聞いておくといいかもしれません。その際、どんな対応を行ったか、そんな所が大きなヒントかもしれません。

    ま、さて、おき。

    問題は、病名はあるけれど、保険病名では無く自費治療を、経済的側面を無視してでも受けなければならない人々だと僕は思っております。

    ここは、実は、全く持って想像がつきません。
    社会がどのような受け皿を作ればいいのか、全く持って分かりません。

     悔しいですが、いいアイディアもまだ無いです。
    アイディアを言えばいいと思う訳ではないのですが、こんな個人のHPでも、どこかで、誰かによって素敵な立法の人や、賢い司法の人や、律儀な行政の人に眼が止まる事もあるかもしれません。読んで頂けるよう紹介をいただけるかもしれません。

    何かの、考える比較対象になるかもしれません。でも、個人の世界と言え、意見を発信して行く時、その時何かが起こる小さなそよかぜの一つに慣れれば、それはそれで素敵だと思うのです。

    あきらめる閉塞感より、また、ガンバンべ!というエネルギーになれば、素敵だと思うのです。
    もしかしたら、このHPがご縁で、当院を訪ねる方がいるかもしれません。その際、どんな考え方を持つ人間か知っていただく事も、もしかしたら、大切かなって思っているのです。

    何も知らずに来られるよりも、何か期待できる方がいいかなって思って書いているに過ぎません。

    あと、HPの表現を楽しんでいるのかもしれません。

    勧誘でも、誘導でもなく、かといってブログでもない。そんな試みを、飽きるまではやってみようかと思ったりもしています。

    医療が公である以上、公に考えを出すのも素敵かなって思ったりもするのです。

    しかし、保険病名に無い病名は、今の健保法においては、正直、調子が悪いです。

    だから、歯医者さんも一緒に、勉強をしてもらいたく思います。知り、客観的に情報を病態に対して見解が言える事、そうでなければ、セカンドオピニオンは、苦しい結果を作るかもしれません。

    もし、それが、病態に対する診断であれば…是非、気をつけられるとともに、技術的専門書と合わせて、病態という世界も、実際治療を行う行わないという次元は別にされて、言えるご自身を作っていただきたく思います。

    健保信奉者が、歯科医師法よりも健保法が優先と啖呵を切られた瞬間、保険病名では無い病名の方々は、東京地裁から、見捨てられる事を無意識に宣告されたと私は思っております。だから、いい知恵があれば、是非、意見を発信されてください。
    皆保険は、国民全てがという言葉を健保信奉者は用いたわけですので、この発言から彼らは逃れる事を許されません。ゆとり教育信奉者見たいに、居座り続ける破廉恥だけはして欲しくないと思います。さて、どうなるのでしょう?

    みんなで賢くなっていきたいですね。
    その一つが歯科心身症という世界かもしれません。
    まだ、あります…

    医者の葛藤

    今も葛藤をしている事があります。
    未だに、答えは出ません。

    医者の知り合いが昔つぶやきました。

    この仕事は、一生人の死に目を見つめていく仕事なのだろうなと…
    どれだけの間があったかは分かりませんが、実際は、多分一瞬です。
    何とかいけると思ったのに…つぶやきます。

    医者の知り合いが飲みながら言いました。
    外科だって、100パーセントなんて無いのよ。
    殺すんじゃない。でも、殺すんだ…になるわけね。
    オペにかけてみようと、ま、そんな感じの時があるとするじゃん…本意かどうかは別にしてさ…あるわけ、緊急とか、容体の急変とか、ま、そんな奴よ。
    自信は?
    ある時って、あるのかな?何とかいけるだろう、行って欲しいそんな感じが多いかな。とにかく、行くんだと、心では祈る…念じるが近いかな…難しいな。
    でも、死ぬ時がある…
    “人殺し“と言われる時もある…あるかな…いや、どうだろう。

    でな、先生が一生懸命やっていただいた結果ならと言われると、泣きそうになる。殺したわけじゃないけど、重いのよね…
    この感覚と付き合う訳よ…

    でな、逆に、駅のホーム気を付けてくださいと言われる時もあるの…
    やっぱ、一番前には立てないよな…弱いよね。家族の顔を思い出すわけ。死ねないよな。
    この恐怖と言うか、なんて言うのかな、

    嫌だよね。

    こんな渋い台詞を言ってみたく思います。そんな事はどうしてどうしてです。そんな知り合いと違い私は凡人ですから…

    でも、久々に苦い経験をしました。大分癒えましたが、釈然としません。
    私は、保険病名に無い病名がある事が、まずは驚きでした。
    まさに凡人の証拠です。
    この事実を受け入れ、自分が、その事に自然体で構えるのに、実は、結構の時間を要したようです。
    まさに、凡人の証拠です。

    習っていない事において、医科のやる手法が病態把握という手法で会ったりもします。関連図を付けて、関連化させて…ま、そんな作業です。

    歯科医師国家試験企画ではあり得ない病態が目の前にいるとする。さて、どうしましょう?

    病態に病名を付けなければなりません。(つけられない場合も認められます)

    この病名が、患者と社会の接点になったりもします。

    調べるしか無かったです。

    状況からこの病名を付けるのが妥当と思われます。という自分を育てます。
    国語力が上がったりもします。

    しかし、同時に、自分が診断した昔のカルテを見ていると、健康で社会復帰してくれたから良かったものの、病態を見落としていたことが経験から学べる時もあります。冷や汗の瞬間です。

    おそらく医療倫理という世界観かもしれませんが、この教育は、サクッと、チコッと学んだに過ぎません。患者に病名を与える事が、ここまで大きな物とは知りませんでした。

    そのうち気がつきます。これが、やはり保険病名ではない。医科でも保険病名にしていないとか、医科でも保険病名から外れている物があるとか…後で知ります。

    強引に保険病名にあてはめる時もあるという言葉も聞いたような、聞かないような…(はっきりとは書かない方がいい場合もある気がします)

    保険で出来ないものは、保険でやれない。保険で出来るものは、保険でやる。

    保険病名でないものは、コンプライアンス順守で考える場合、保険で行うこと自体が許されません。
    だから、当院の方針が決まって行きます。
    保険で出来ないものは、保険でやれない。保険で出来るものは、保険でやる。

    保険医を捨てた場合、保険行為をしない事がコンプライアンスではなく、歯科医師法に基づく事が、コンプライアンスだと思うのですが、どうも、保険診療をやめた上で、保険診療を行っていないという事がコンプライアンスと解釈をされる先生もおられるみたいで不思議な風潮と思っております。

    ですので、保険医をしているドクターがインプラントを行うことも、審美補綴を行うことも、コンプライアンス順守と言う言葉上では、何ら問題はありません。技術提供において、健保対象外を、不足分補填するならば、(勉強しますでとか、色々)問題があるだけと思いますが、どうも、コンプライアンスの意味付けが別の方向に行っている気もします。

    コンプライアンスは保険を行わない事という方向解釈は言語力の問題なので何も言えません。知識レベルという表現かもしれません。

    健保信奉者と書いて来ましたが、この健保法を、歯科医師法の上に置く解釈を持ってきた東京地裁の考え方に、私は大きな問題がある気がしてなりません。

    しかし、マスメディアも、これに関して混合診療は禁止で、健保法が守られたという具合に報道をするものですから、保険病名ではない病態を取り扱っているクリニックは結果、あたかも問題と言う風潮を作るきっかけになるものですから、言葉、文章とはややこしいものです。

    健保信奉者のごとく、保険で全ての病気を扱っているという前提に彼らが立っているのならば、職業的怠慢だと個人としては思っています。

    一番大事な事は、健保法が歯科医師法などライセンスよりも上の支配力があるというような解釈を与える見解を出した所にあると思うのですが、中々、気が付かないのか、気がついてはいけない協定を結んでいるのかしら。良く分かりません。だったら、安心した医療の為になどという社説は書くな!と、ぼやきたくなります。
    この時、事件は起きた!
    このようにドラマテックにかければ良いのでしょうが、実際は、閉口するだけです。

    何故、繊維筋痛症を、どこもかしこも保険で認めないというのだ!
    そして、治りもしないのに金、金言いがかりをつけるのだ

    これは正直、苦しい所です。
    どんなに交渉されても、どんなに経済的困窮を訴えられても、コンプライアンス上、何も出来ません。

    ギリギリデッドラインと思える努力と言いますか、歩み寄りは、初診だけは唯一、診査、診断の権利で確保されている場所ですので、ここは、保険で診察をする事なのかもしれません。

    ただ、治療行為を行えば、アウトになります。もどかしい所です。今度は、厳密の意味で、コンプライアンス上、医療者側が罰せられる対象になります
    *歯科には医科のように置き換える病名すらありません…

    1回目 良好で終わります
    2回目 金を幾ら払わせれば、お前たちは気が済むんだ!(正確にいえば3回目ですが。診断結果のお話の日、そして、実際の治療と言う流れでしょう)

    悲しい悲鳴です。何を言えば良かったのでしょう。未だに分かりません。普通、歯医者は物にお金を出させるもので、後は、保険で行う事が常識だろう。

    何を言葉に返せばよいのでしょうか?

    この制度の下、経済活動、医療活動を行うのが我々の仕事です。その事を、申し上げるようしましたが、納得は貰えません。

    機能障害におけるポイントは、患者の心も一つの大きなキーがあります。詳細は書きません。

    痛みが***とは言わせるものの、結局、お金も支払われず、(少しだけ置いていかれました。)ただ、やるせない感情と後味の悪さだけが残ります。

    後日電話で、とどめも来ます。これぐらいにします。

    口癖

    苦しむしかないんだろうな!
    えっ
    まあ、いい感じじゃないよね。

    どうも、これが、私の場合の口癖のようです。ハハハ。

    *補綴学的に問題があります。やり直しの可能性もあります。
    (けれど、何百万も支払ったのだろうな。嘘は言えないし、正直、言うしかないか…)
    色々なドクターや歯科をショッピングした。
    (どんな思いで家族はいたのだろう。つらいよね…)
    はやくおかしいと言っている歯を処置してくれ。

    *今おかしいと思われる歯は触れません。触ると、とんでもない事になる可能性があります。この判断は、歯科医師側の権利になります。

    おかしいだろ。歯医者が歯を触らないのは…
    (歯を抜いてからどんどん崩れたと言って事、忘れたのかな?)
    それに、歯が抜けたら困るじゃないですか?
    *身体を今は優先させましょう。仮に歯を失っても身体を守る事が優先です。
    (いい加減な奴と思われるだろうな)

    先生は幾ら我々から欲するつもり?
    *いえ、なら別に保険で補綴を行ってもいいじゃないですか。そして、いつの日か、お金に余裕が出来てから、それから、悩まれても…
    (だから、保険医でいる事に、耐えなきゃな。じゃないと、とんでもない高額な治療費になっちゃうよ…、残酷過ぎる…)
    *まずは、身体から始めれば
    今まで治りますからと言われて、何万円、何十万円、何百万円、もう少しで千万超すんですよ。分かります?

    *分かります。
    (だから、安価を必死に考えるんじゃないか)

    欲張りすぎです。その年で欲張って、おかしい。サラリーマンの平均年収を知っていますか?
    (もう、上手くはいかないかもな。ラポールが全滅だわ。)

    “先生電話ありました。”

    あれこれ
    カクカクしかじかと、
    何かがありました。
    とさ。

    苦しむしかないんだろうな!
    えっ
    まあ、いい感じじゃないよね。

    どうも、これが、私の場合の口癖のようです。ハハハ。

    病名も知らない人間のセカンドオピニオンが、あらぬ方向に行けば、とても厄介のような気もします。だから、ついついセカンドオピニオン外来という言葉に、ついつい、眉をひそめたくなるのでしょう。
    せめて、心身歯科医療のジャンルぐらいは知識の上でも、頭にしまわれてほしく思います。そして、私もでしょうが、基礎に忠実に、丁寧に確実に、という感じの風潮になればいいのになって思います。

    ここ2日の会話

    ここ2日の会話。
    いつでもいいじゃないですか。
    大抵、こんな会話を一日の診療時間の中の、どこかでしている気がしますので。
    本当かな?
    嘘かもよ?
    その一部かも。(ご想像にお任せします)

    『どう、顔面神経痛?』
    「大分、良くなりました。結構、気にならない感じですよ」
    (ラッキー、治療しないで済むかも。疲れずに行けるわ)
    『いや、参りましたよ。歯をいきなり削られて。やめてくれとお願いしたのに、大丈夫、ほんの少しだけだからて、言われて、そしたら、その2時間後から、顔面の痛みで、肩に来るわ。膝に来るわ。寝れないわ。不安になるわ。』

    (そうだったね)
    「少し、歯が痛いからどうだろうと先生じゃない歯医者に行ってみたのが間違いでしたね」
    (無理だよな。そんな教育受けていないし、知らないし。こう言った世界。分かん何よな…
    確かに、根充不全はあるけれど、10年何も症状がないから、今は、触りたくないよな…て、言いながら3年経過したんだよな。元々、顎位が不安定だから、定期的に落ち着かせて、何もしないで済む作戦をしいたんだよな…ころ合いを見てと思いながら、3年放置か…)

    「一時はどうなるかと思いましたよ。また、休職は、この時勢したくないですからね。」
    (それは、間違いない。健康に貢献する仕事と改めて思うのは、この言葉を患者が言う時だよな…)

    『で、どうします。このまま、様子見ます?それとも、もうひと押ししておく?』

    「先生は、どう思います?」
    (今日は疲れているし、やりたくないよな。さぼれないかな?)
    『脈貸して』
    (拍動も正常。あん時は、結構来てたもんな。体性神経系はOK。自律神経系も…まあ、いけるとちゃうか?)

    『実際、どうなの?』
    「今日で、3回目ですが、だんだん、良くなっています。たまに、この歯が疼く時もありますが、だんだん気にならなくなっています。腰とか、肩、首も今は気にならないですね、寝れますし。顔も、ごくたまに、ゾアゾアとしますが、結構気にならない日が増えてますね」

    (やったー。今日は、さぼろう。)
    『5週間で来たね。ちょっと、今回は、様子見ようか。でね、この歯あるじゃん。今度痛みが出たら、やはり、根っこ治療やり治そうよ。前回は、様子見るにしたけれど。あんまり気持ちよくなしさ。』
    (ジャパニーズエンドは、やっぱ、廉恥の精神で生きたいよな。待つか?それにかったるいし…でも、やりなおすべきだよな…本人の抵抗もあって、出来なかったわけだもんな。結構、何も起こらないもんだな…)
    「そうしますか?」

    『でもね、おかしければ、来てな。』

    「分かりました」

    『じゃあ、歯石あるか確認して、一端区切りにしようよ。で、6週開けてみよう。』

    リハビリ本に書いてある早期のアクティヴ化は***ていうのも、まんざらじゃないよな。症状を取るのに前回は3カ月、今回は1カ月切った。やるね。しかし、プライマリケアーは、侮れないわ。慢性化が一番厄介よね。まずます。

    でも、デパスあるといいかもな…
    リエゾンか…

    ある会話の一部

    ある会話の一部
    『**さん、随分、腰いい感じになっているみたいじゃない?』

    「そうなんです。前みたいに腰が痛くて寝れないって事はなくなりました。おかげさんでよく眠れますし。顎が急激に痛くなることもなくなりましたし。頭痛もそういえば、ここんとこしてませんね。」

    (一時はどうなる事やらと思ったもんな。顔は常にどす黒くて。でも異常ないと医科には言われている。でも、体中痛くて、ひどい時は疲れて床に倒れこんでいた…今は、随分肌色が増えてきたし…ま、いいか。俺、歯医者だし、皮膚は分かる必要無いし…)

    「しかし、先生今回の矯正は、速かったですね。半年ぐらいでしょ。」

    『意地があったからね』
    (そうなんだ。3年前は、耐えられなくて途中で辞めて、結局、何も出来なかった。ただ、スケーリングの歯石どり…どういう経緯か、もう1回やる事になり、歯医者が敗者復活戦と洒落にもならない、ダジャレで奮起させながら、始めた。)

    『じゃあ、**から行こうか。』

    「はい、よろしくお願いします。先生、肩を取ってよ、それと、首を」

    では、また、気が向いたときに。

    HP上で、
    はたまた、診察室で

    んじゃ。

    *個人のHPでしかないです。全てを信じるなどという暴挙はされないでください。それよりも、何かを感じるきっかけになればいいなって思います。それが、個人のHPというものです。どうぞ、よろしくお願いします。

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    最終更新 2014/12/03
    心身医学を介しての葛藤(その14) ~時代錯誤という言葉をご存知ですか?

    *体が、お辛い方はこの章を飛ばして下さい。また、雑談から始まっております。
    健保法にその全てがあると判断するのは、立法判断だと思います。最高裁が、どのように判断するかでしょうが、今の所、東京地裁の判断が、有効になるのかもしれません。

    ですが、この判断をされた裁判官に問いかけもしたく思います。

    時代錯誤という言葉をご存知ですか?
    勘違いという言葉の意味は、知られていますか?
    虚構という言葉の意味、考えられた事ありますか?

    なんていう具合に。

    歯科における医療の質は、経済支援法という1/10評価のおかげで、荒れるだけ荒れていますよ。良心的に踏ん張っている先生方も、結構、疲弊をし始めていますよ。
    医科にしろ、歯科にしろ、もしかしたら、保険診療において医療被害が出ている可能性がありますよ。

    1/3の評価、1/10の評価(医科の世界との差、歯科の世界との差)で、どうして安全な治療行為が生まれると言えるのでしょう。

    無理に無理を重ねれば、それが、結局、医療被害を生み出す温床になりませんか?

    今度は患者になる可能性のあるあなたや、患者であるご自身に照らし合わせればいいと思うのです。あなたの会社は、1/10の評価の売り上げしか貰えません。さて、維持するためには、どのような事を、その会社と組織の一員であるあなたはするでしょう。

    答えは単純です。

    騙して金を取るという行為を選択するしかないのではないですか?
    詐欺という方法かもしれません。
    偽証と言う方法かもしれません。
    強引商法?
    誘導商法?

    ここが、私は大きなポイントだと思うのです。

    考えるだけで不安になってしまいます。机上の世界の裁判な人や、能天気大臣決定な人のおかげで、僕は心身症にされそうです。現場を知らなすぎ。国民の健康を、無意識にないがしろにしていませんか?

    出来なくとも自費に走らざるを得ない歯医者を生み出す温床にならないでしょうか?
    いきなり歯を削り、とにかく治療行為を成立させて、その後、保険請求を強引に押しつける。
    素敵にするため、ここと、ここを白い歯にしますので、次回までに@@万円用意してください。

    こんなさほど、驚く必要性も無い現象が乱れ飛ぶ形になる気がします。

    不信という言葉も出るでしょう。
    逆に、人の身体のメカニズムを壊して、小さな問題を相当に大きな問題にしてしまう事もあるかもしれません。

    どうしましょう。ないがしろにしていると言われた方は、どんな素敵な言葉を用意して、納得させてくれるのでしょうか?

    *もしかしたら、追いつめられて無理な治療を行い、結果、医療被害、健康被害を生み出している可能性はないのでしょうか?
    医療被害の因子の分析をする事なしに、経済負担の支援法ともいうべき健保法のおかげで、自費治療だけがクローズアップされている可能性はないでしょうか?いかがお考えになりますか?

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    最終更新 2014/12/03
    心身医学を介しての葛藤(その4) ~ニ元論ではなく、多元論で考えるべきではないか

    *体のお辛い方は飛ばされる方が良いかもしれません。

    医療は、(多分)戦いです。ちょっと、社会風刺の毒を入れてしまいました。
    結構、反省しています。

    医療は(多分)、愛の存在だと思います。でも、治療契約、治療同盟に基づいて行うものでもあります。保険でそこまでは、必要はありません。それが、国との契約事項です。解釈を変えていなければの話です。結構、知らないところで変わることもあるみたいですよ。空耳の一人つぶやきです。
    ちょっと、偉そうで、恐縮します。

    医療は(多分)金がかかるものです。だから、市場経済の洗礼と民主主義の下、社会制度にどう不安なく病にかかれるか、考えなければならないのかも知れないと呟きたくなります。安心して、体を壊せる仕組みという表現かもしれません…
    ちょっと、熱くなりすぎました。結構、落ちています。

    この章はここで、おしまいにしたくなっています。オチはいまいちですが…

    2元論ではなく、多元論で考えるべきではないかと思いますが、どうでしょう?
    何故、多元論では駄目で、二原論でしか議論は進めないといけないのか、ときどき不思議と思う事があります。
    きっと、触れてはいけない何かがあるのでしょうか?
    日本を素敵に成長させていた時、その時は二原論ではないような気もするのですが、実際、どうなのでしょうか?
    教えてほしく思います。

    先進国から離脱する準備をしている訳ではないですよね?

    あくまでも、妄想です。
    妄想。な、わけないと思いますよ。日本は、先進国ですから。
    あったら、大変です。家畜系、いえ、草食系の社会ですから。
    そんな訳ないですよね。なりませんよね?そう思いませんか?
    日本が、先進国から離脱する準備をしている訳ではないですよね。
    ある訳ないと思います。まさかです。

    でも、もし多元論的に考えを変えてみると、こんな事も出来るかもしれません。ライセンス維持は大変そうですが…
    ただ、試験の為の試験という、一部の人間の生活原質にはして欲しくはありませんがね。やりそうな方々もいそうなので、怖い所もありますが、どうでしょうか?
    強みを生かしながら、まずは、便宜的に、その間に抜本的な準備と、こういう発想ってこの国が得意としてきた物のような気がしますが、難しくなってしまったのでしょうか?
    和を持って尊ぶは、難しいのでしょうか?
    ま、そんな感じです。

    そろそろ、新しい多次元的な考え方の準備に入ってもいいと思う

    権利の主張にはやはり、義務も生じます。
    制度が完成して半世紀立った今、そろそろ、新しい多次元的な考え方の準備に入ってもいいと思うのです。先輩たちに感謝をしつつ、新しい世代に向けた、新しい制度を考える時期だと思うのです。そこには、保守も革新もないと思うのです。日本しかないと思うのですが…

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    最終更新 2014/12/03
    心身医学を介しての葛藤(その9) ~心身症が、歯科に関わるとされている3つの症状

    さて、この心身症が、歯科に関わるとされているものには、以下の3つが代表的なのかもしれません。

    1. 舌痛症
    2. 自臭症
    3. 顎関節症

    舌痛症
    自覚に見合うだけの他覚所見がない異常感を訴える(知覚異常)

    自臭症
    臭いがあると思いこむが、自分では臭わないと訴える事がある

    顎関節症
    他覚所見を有する事もある
    ただし、心身症という定義にあてはめてみると、顎関節症の3型(関節円板障害)、4型(変形性顎関節症)だけが、当てはまる事になるのかもしれません。

    心持ち心身症的所見があっても、現行の定義解釈では、身体疾患の診断が確定されてから、始めて認識されるという所が、難しいのかもしれません。

    *勿論、今後、心身症の定義が変わり、診断範囲が変わる場合があるので、“今の所”というのが、正しいのかもしれません。

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