東京都府中市 京王線府中駅前【顎関節症に詳しい医院】

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顎関節症に詳しい歯科医院

このサイトでは、顎関節症、噛み合わせなどの問題について、当院の考えや取り組みを紹介しています。

このホームページは、事、咬合(噛み合わせ)という世界を、とことん掘り下げて紹介していこうという、そんなエネルギーで、書いております。

別に、全ての項目を読まれる必要は無いかと思います。
知りたい、あるいは、面白そうじゃない、そんな興味をもたれた方には、頑張って、是非読破されてください。

どの章も、一話完結になるよう、工夫しております。

ですので、決して、全部読まれようとはされないでください。
それよりかは、ご自身が、興味あるいは、必要性を感じられた部分を読んでいただければ、良いと思うのです。
そして、知りたい分野だけ、読まれて欲しいと思うのです。

また、私自身、成長するホームページでありたいと思う想いがありますので、定期的にをしている側面もあります。

そして、書いている私自身が、ある種楽しんでいる側面すらあります。
そう簡単には読破されるものかと…だから、決して、全部を読まれる必要性は感じておりません。

楽しみたい方がいれば、是非読破されてください。

特集

新シリーズ

『歯科と医科の盲点』
最終更新 2018.04.13
私自身、長年結果論ですが咬合と全身の関わり合いを研究する(ような)状況に陥ってしまいました。いえ、正確に言うと必要に迫られました。

このシリーズを読む

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    最終更新 2014/12/03
    治療に向けて ‐本編その1-

    一度、整理します。
    まず、アセスメントを取る。病態把握の為です。それに必要な資料として、各種問診表と、質問表があります。
    アセスメントと同時に、資料採得(検査)といえば、良いでしょうか?
    そして、関連図。
    病態説明。
    病名説明。
    治療指針説明。
    治療計画、治療同盟確立、治療契約成立。

    以上のような流れになると思います。

    くどいですが、もう一度記します。
    今までの流れからもう一度整理しながら、イメージを行いましょう。それぞれの役割として何があるのか、それが大事です。そして、ここから、それぞれがどれだけテクニックを磨く必要があるのか、人を知り、人を理解し、人にこだわるかが大事です。

    1) 治療の考え方の説明と同意(医療に取り組む私どもの姿勢の理解とそれに共感をしていただけるか)
    2) 治療に入る前に、大まかなエラー確認(問診ですね、そして、アセスメントの必要事項確認)
    3)  アセスメント等
    4) 関連図、病名、指針
    5) 治療計画、同盟、契約
    6) 治療開始
     
    評価地点は、必ず評価という言葉なのでしょうが、性格なのでしょうか?
    口癖では、0地点というと思います。
    一端物事を0と解釈して、そして、何にエラーが残っているか考えましょうということだと思っていただけると嬉しいかもです。

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    最終更新 2014/12/03
    アイデア

    とはいえ、保険は・・・(なんだろう? その16)

    目先で、考える事も入れてみたく思います。
    いい加減な、戯言かも知れません。
    あくまでも、個人的な思いつきでしかないと思います。

    例えば、早く問題が見つかれば、長期的には節約になります。この保障は、現行の制度では、ありません。
    俗に言う予防という概念になります。この徹底化は、歯科にかかる医療費を2割押し下げる力があると言われています。

    成人歯科検診という物ではなく、享受する側が行きたい時に、歯医者と相談の下検診と、予防プログラムを組めるとする。

     もし、これに対して、保障を、きっちりと与えれば、もしかしたら、この医療技術が、第1の医療費削減を提供し、さらに、新たな歯科疾患に罹患する確率を、削減することが出来るかもしれない。

    素晴らしき規制を作る方々も、いろいろな取り組みを、行っていた。しかし、問題は医療提供者側への保障額であった。
    だから、難しい結果しか、生まれなかったのかもしれない。

    では、もし、これを、民間保険団体が扱うとなった場合、民間の競争は、何を生み出せるのだろうと、考えるのです。

    民間会社が扱うプランと、協力する医療提供者がいるとする。
    この医療提供者には、仮に、公務員という地位を与えるとする。
    但し、5年度に、契約更新をする事とする。
    年俸制という形態で、その予算上限は、決めておくとする。

    月の給与は保証するが、実績に応じてしか、ボーナスはない事とする。この実績は、積み上げた、実績でしか評価しない事とする。

    また、民間会社は国との契約関係とする。
    この契約関係において、一切の天下り的、風潮は認めない事とする。

    この民間会社に対しては、享受する側が、選べるシステムとする。仮に抜け穴があっても、享受する側が、選ぶ限り、その民間会社は、顧客を失うという痛手のリスクを常に、持つ事となる。
    これを、現行の医療費の中より、国が保証する形をとる。その3割を、享受する側は、払う形をとる。7割を民間会社に、3割を国が引きうける形を取ればよい。この形をとれば、予防に関しては、全てセーフティネットワークが生まれ易くはならないのでしょうか?

    ただ、選択するプランにより全てが変わる形となる。また、不足分は、差額分を、民間会社に提供すればよい。その権限の譲渡の代わりに、セフティーセットの、補助を依頼する形を取るようにすればよい。

    その一方で、患者自身がファンで、保険の機会を失っても良いから、ファンの先生に、保険外でも、という場合は、積極的に、保険外のプログラムを受けとれるようにすればいい。

    この予防を担う医院は、例えば、100件~200件に一件という、具合に、現行のクリニックを、公的扱いにするなりしたら、どうだろうか?公的扱い故、勤務する衛生士も、公務員にすればよい。その際の、家賃は、国が借り上げてもいいのかもしれない。

    ただ、契約解除された場合、また、普通の歯医者業務に戻ればよい。

    この予防を担うドクターに要求する事は、予防業務以外に、以下の条件を渡せばよい。但し、この間、業務時間内の、歯医者の治療行為は、一切、許可をしない。

    1. 不正を働く医療機関、保険加入者、保険会社を訴追する事。保険会社の支払い能力を確認する事
    2. 医療保険に入れない人の(差額分)補助を、保険会社に依頼する
    3. 治療を行った担当地区、医療機関の治療成績に対して、予後を、監査する
    4. 高額なレントゲン撮影を、担当して、担当医療機関の、負担を軽減する。
    5. セカンドオピニオン的、役割を持たせる。
    6. 良質な医療成績の紹介能力を、持たせる。

    実績は、不正を暴くときと、地域の医療の向上と、セカンドオピニオン能力の確実性だけにすればよい。
    例えば、地域医療機関の4割が、その機関の能力を疑いに入った場合、その資格を?脱すればよい。

    医療成績は、扱っている症状、病態の難易度により、私は、今の段階では、規格化された成績公開は、難しいものと思います。ですが、少なくとも、当事者と、第3者の評価を、知ることが出来るという事は、決して、患者サイドの不利益にはつながらないものと考える気がします。当事者も公開する事が、多分、一方的批判にさらされる事がないように、考えるのですが…

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    最終更新 2014/12/03
    治療に向けて -その1-

    さて、次に治療について少し、触れていきましょう。
    まずは、診断結果を伝えないといけないことは分かると思う。

    患者が感覚的にこんな風に受け入れて欲しくないです。
    コピーにすると、

    顎をいじれば、全て解決さ!
    歯を触ったら、全て解決さ!

    だって、体の歪み取れちゃうもの!?

    というものだけは、やめたいよね。

    でも、何を持って歪みというのか、繋がっていないじゃないですか。このコピーじゃ。
    たぶん、何か曖昧なせいじゃないかな。

    変な話、コ・メディカルスタッフはどう関わるかも分からないし、一体、何なのかなって思いません?

    それは、それで、ありだかと思うのですが、かっこ悪いよね。

    でも、この違和感を何とかしたいわけですよ。
    何か、このコピー止めたいよね。

    言葉を大事にするようになったのは、基礎に忠実に、基本に忠実に、なんていう事を意識したからにすぎません。
    患者の声を真摯に聞く、これも、結局、言葉を大事にするところにつながる気がするのです。

    が、ちょっと、嫌じゃないですか。コピーで、治すって言うのも・・・
    それが、好きな人は、それでいいわけだからね・・・

    ま、仮に動かすにしろ、歯を高くするにしろ、何故が大事で、その何故は絶対に
    もっと分かりやすいはずで・・・
    もっと、分かりやすく伝えないといけないはずで・・・
    そんな表現は無いのかなって思うのですよね。

    君たちには、専門家ではないから、分からないというもの、ちょこっと、いいかなって思うときもあります。でも、概要だけでも分かっていただければ、それのほうが、実は、すごく助かる事実もあるのです。

    顎をいじるにしろ、動かすにしろ、歯をいじるにしろ、その按配だけは、外科医がメス捌きをする上で、個々に差があるように、そこには、俗に言う、腕の差は出ると思います。それは、自明かと思います。

    まだ、まだ、ありますが、今はこんな表現で勘弁してください。

    でも、診断は、仮に、専門家が見たとしても、その捉え方は一理あるものと認めていただけなければ、問題ではないかと思うのです。

    逆に、それだけ、難しい事を、アセスメントからしているわけです。
    そして、患者管理を要求されているのです。
    となれば、患者が正しく、把握できる管理も求められる事になります。

    それが、本当にうまくいえないのですよ。

    こう、プレーの中に入っていただけないかなって思うのです。

    プレッシャーを与えても仕方が無いので、私はちょっと違った見方も入れてみようと思います。

    POSの時代であるということは、顎の位置がずれていますという言い方だけで、全てを解決しようとすることは、止めたいものです。少なくとも、私たちは、そういった、響きの言い方だけはやめていきませんか?もっと、分かりやすく、そう、修飾語って言うのですかね、形容詞というのですかね、もっと、しっかりと伝える努力をしていきたいのですね。

    と、なると、君たちも、何を患者が知りたいのかとか、時にドクターサイドが何を伝えようとしているのか、意を汲んで、間に立てると、もっと素敵になるのかなって思うのです。

    多分、ここを求めているのです。

    難しい作業ですよ。

    今すぐではないです。ゆっくりでいいのです。
    患者の天使は、確実に、君たちなのです。

    時々、もし、君たちが間に入ってくれたら、素敵だなって、思うことがあります。
    そしたら、もっとスムーズに行く場合もあるじゃないですか?

    ちょっと、考えてみてください。

    もし、君たちが、この重要性を理解して、でも、その、患者が知りたい思いを、もどかしいぐらいドクターが困っていたら、ちょと、合いの手をもらえたら、(これは、患者に対してだけでもなく、ドクターにも)その、もどかしい空間に天使が走るのかなって思うのです。その場にいないとか、知らない顔を決め込むことは、多分、天使の資格を放棄したことになるのかなっておもうのです。するとね、きっと、私思うのです。そしたら、こうしたろって!

    時々、スーパーとかで、やっているじゃない。

    現地、即売って奴。

    ちょっと、奥さん見て頂戴、これは、こんな性能があるの。
    だから、買って頂戴。
    今なら、ほら、ほら、ホラーって、大きな声を上げて
    とどめに、本来ならこの値段だけど、今回だけはここにいる人達の特権
    この価格で売っちゃう。安くしちゃったでしょ。
    えーい、面倒だ、これもこれもつけちゃう。

    で、どう?そこの奥さん。
    この値段なら、だんなさんも小遣いふえるって、喜んじゃう。
    いいや、だんなさん、もっと喜ばせちゃう。
    ここまで、値段下げちゃう。
    本日限りの特別よ。

    でね、それから、まとまった人数が集まれば、オオッーて、思ちゃうの。
    これなら、質問来ないじゃない。話さなくていいじゃない。
    笑わせて、普通の物を、とことんすごく見せれば良いわけ。
    でも、普通のものだから、問題ないわけ。

    でも、これは、違うのだ。

    これじゃあ、治療を受け入れる心構えにはならないわけ。
    苦しい人が、笑うのは優しさの、悲しい証拠。

    するとだね。

    健康か、宗教か知らないけどね、
    ちょっと、医療と名を利用しちゃうの。
    お値段はこんなにします(高くしちゃえ)
    君らはサクラになればいいの。
    桜じゃないよ、サクラだよ。
    普段着をきて、ちょっと、化粧で、顔色を悪くしたら、もっと最高。
    安~いって。
    期待できる~。
    信じます。
    そう、叫んでくれればいいの。

    てな、商売してしまえば、できるじゃない。

    こうなりゃ、東京、名古屋、大阪、ええい、東海道新幹線制覇じゃ・・・

    むなしい。

    鶏が先か、卵が先か、そういった議論にはあまり付き合いたくないですが、患者は、体が歪んだから、体の調子が悪いのか、顎が歪んでいるから、体が歪んだのか、歪んだから調子が悪いのかなんて、聞き方をする方々もいます。

    私は、そこまで賢くないので、どっちでもいいじゃん、って思うのです。

    むしろ、まずは、きっちりとあるがままに受け入れてもらう事だと思うのですね。
    共有化って言う作業は、患者とドクター、患者と、スタッフ、そして、ドクターとスタッフと言うことが、必要な条件のような気がするのです。

    少し、歯科的な専門的お話をしましょう。

    どの歯医者さんも、中心位はある事は、認めます。あるものですから、あるのです。これは、単純にいえば、顎の顎関節と顆頭の中にある位置関係のことをさします。どこにあるにしろ、あるのです。問題はその、あるが、正しいか否かなのです。

    この位置関係は、長い論争を経ながら、常に見解を見直し、あるべき所は、こういった按配だと基準値として決められています。私は、確実にまとまってきているような気がします。専門家の先生方は素晴らしいと思います。
    詳しくはネットでも、本にも書いてありますから、読んでみてもいいかと思います。

    そうそう、付け加えることを忘れました。
    その中心位を大事にしているか、どうか、それは、先生方の見解ですので、これはまた別の話です。
    ただ、中心位は常に、あるものだという事を言いたいだけです。

    唐突にその関係といいましたが、中心位が、あるべき位置に無ければどうなるのかなって考えたらどうなりますか?

    あるべき位置に無ければ、それは、ずれたという表現が適正化と思います。

    次に、問題はどういった具合になると、ずれると云うのかなって思うのです。
    あるいは、ずれると、どうなるかになります。

    そして、ずれたとき、そのとき、中心位は、この漢字の持つ、表現では中心位ではありえないということになりませんか?だって、中心の位置(この場合、あるべき位置)にないのですから、この漢字の持つ不思議なエネルギーを、正しく把握しなければ、大変かもしれませんね。

    ただ、顎関節内に顆頭があり、そこに存在する中心位は、不適切な、で無いけれど、ある。
    この、適正でない中心位では、下顎は正しく動くことが出来ない、その為、本来の力での開閉は出来ない、だから、どこかに無理をする(どんな無理かは書きませんよ)、あるいは、無理やり正しく動こうとして、どこかに無理をする、なんて、言うことになりませんかね?

    長くなりましたから、話を捲きますが、よく、顎がずれるということを言う患者がいます。あるいは、患者サイドではなく、ドクターサイドが、顎がずれている言葉を用いる事があります。

    このずれるという言葉、ずーッと謎でした。

    両者が言う台詞は感覚的なものじゃないですか。

    中心位は、あるものでしかないです。
    あるものが、ずれるということは、感覚的な捉え方になります。

    言葉遊びですが、そこには、大きなヒントがあるような気がしませんか?

    ですが、この感覚には、明確な基準があるはずです。
    そう感じる、明確な基準がないと、その感覚は芽生えない分けですから。

    正常と捉えている何かと(ここはいずれどこかで)、違う違和感を感覚的に捉えたときに、人はずれるという気がしませんか?

    以前、筋・繊維痛症という捉え方ではなく、頭蓋・下顎障害という捉え方を、歯科医師の先輩達が、見つけたのだから、私はその目で、物事を考えるということを話しました。

    医科の診断基準には、この、あるものに対する評価が無い以上、その、あるものを常に、考える側としては、受け入れることは、まだ、時期尚早ではないかと、考えたにすぎません。

    それと、先人たちの残された足跡を必死に追う作業で、今の私は一杯一杯という、現実的話もあります。

    もし、この中心位がずれるということは、顎の位置はずれるとか、中心位がずれた影響で、歪むという事に、発展することは無いのでしょうか?

    何故、繰り返し、繰り返し、そのことをまず触れているかというと、以下の理由です。

    ここが、ずれる(適正な位置関係にいられないと)、既に先に述べた、頭蓋・下顎システムより、下の部分にまで、波及して、ずれが生じてこないでしょうか?

    この体が一体に連なっている以上、それを歪みと云わざる得ない側面は出ないでしょうか?
    また、顎関節の周囲には神経が走行して、この部分が、圧迫を受けると、体に、色々と問題を生じさせるということが、分かってきています。何か暗示していませんか?

     この点を、正しくまずは理解していただければいいのでは、ないかと思います。

    よろしいですか。
    長くなったので、おさらいです。

    アセスメント、関連図と導いたら、どう、共有化を図るかが次の、大きなテーマになります。

    その際の、コ・メディカルスタッフの力の重要性を、すごく理解していただきたいのです。

    そして、中心位の言葉上の定義です。

    そして、その中心位がその本来あるべき役割を出来ない場合、患者は顎がずれると察知する場合も出てくる場合もありますし、時に独特の動きから、他者がずれているという表現を用いる場合があるのではないでしょうか?

    これは、この先の話になります。
    但し、このずれているという話は、もう少し、言葉を足しながら、話を進めていきたく思います。

    それと、歪みの関係も合わせて、足して行ければと考えます。

    今回はここまでです。

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    最終更新 2014/12/03
    繊維筋痛症学会に行ってきました ~誘発因子としての歯科治療

    医科のみならず、歯科、薬科、鍼灸等まで解放している稀有な学会だと個人的には思っています。それだけ、難疾患故、あるいは、他ジャンルまで連携していくべき疾患故、このような形で間口を広げる道を選ばれたのかと私は思っています。

    さて、私ごとです。
    会員になりました。
    参加してきました。
    発表を聞いてまいりました。

    なかなかどうして大変な疾患のようです。

    色々と考えました。
    色々と思いだしました。

    この疾患の誘発因子に歯科治療があります。
    確かに当院に来られる患者の中には、従来、私が国家試験で学んできた歯科治療では説明が出来ない病態をお持ちの方々も多かったのです。

    歯科治療を受けて、すぐにと言う方もいました。
    徐々にと言う方々もいました。

    歯科矯正の治療を受けている最中からと言う方もいました。
    あるいは、その後、あからさまにおかしくなったという方もいました。
    気がつけば、徐々におかしくなったという方もいました。

    歯を抜いてからと言う方もいました。
    歯が欠けてからと言う方もいました。

    歯科にまつわる、あるいは、治療にまつわるお話をしても、切りがないのでこれぐらいで割愛をしますが、その事実があると事を、まずは受け止めるべきだと思っています。

    そして、否定できない事は、この疾患の引き金に、歯科治療があるという事です。
    これは、当時の僕には、ゆゆしき問題でした。

    唯、一つ良く分かる事は、歯科医が良かれと色々と手を加えた口腔環境ほど、難しい状況に患者は追い込まれているように、当時思いました。瞬間的に理解できた事は、それだけです。

    言い方を変えれば、それ以外に、主観としてとらえる術が無かった分です。客観視する上で、何を持って異常があるという言い方をすればよいのか、当時、“丸っきり”と言っていいぐらい未知な病態でした。

    咬合病と言われる解釈領域を越していたという方が正しいのかも知れません。

    顎関節症と言われるものとは、全く持って違うものだったからかもしれません。
    もっと、頭に来ると申しますか、悲しい事は、顎関節症の臨床的定義は、どうであれ、3つです。(疼痛、運動障害、音)ですが、それ以外の顎関節症と訴える患者がいる。そこで、いわゆる顎関節症と言う言い方で、患者を分けて考えようともしました。言い方を変えれば、顎関節症は、従来考えられている保険の手法で十分なのかも知れません。しかし、いわゆる顎関節症と区分すべきとされている考え方は、保険制度完成後、カスタマイズドする為に提言された物です。しかし、今の所、明確な答えは成立していない。そんな所でしょうか?

    しかし、現場サイドでは、顎関節症と言う言葉でその症状はひたすら独り歩きをしている。

    その証拠に、色々なHPを探検してください。
    肩こり、頭痛、冷え、首、腰、背中、消化、生理痛、書き連ねると大変な量があります。パニック、鬱、メニエールの解放と唱っているものすらあります。

    これでは、規制のない健康食品(今は表記の仕方には規制があります。念の為に)の何でもござれの世界になっているようにも感じます。

    本当に真実なのでしょうか?
    本当にこれが、成立するのでしょうか?

    関係者の方々には、是非とも、治外法権の如くの振る舞いではなく、医療と言う職業に照らし合わせて、常に慎重に考えて欲しく思います。

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    最終更新 2014/12/03
    医療の質の向上は、どこまで期待できるのだろうか

    とはいえ、保険は・・・(なんだろう? その11)

    享受患者という視点で、もし、医療政策エリートとでもいうべき、政治家や、官僚や、第3諮問機関が考えた場合、必ず、ぶつかる壁があるかも知れません。

    財源はどうするのだと…

    医療政策エリートが、血の通っていない無血な存在とは、僕は思いません。最善を尽くした議論を繰り返し、最善の結果を常に考えていると、信じております。

    善行をなし得たいと、社会正義の為、活動をしている事と、思うのです。感謝すべき事です。

    患者主体という見地は、トップダウンで考える事が出来る気がするのです。

    しかし、もし、享受患者という見地に立てば、ボトムアップ、つまり、積み上げて物事を考える事にならないだろうかと、思うのです。

    享受患者の選択と決定権の幅を、もっと豊かにさせるよう考える事は、無いだろうかと思うのです。

     イメージの話かもしれません。

    ですが、トップダウンで、起きた現象は、医療サービス支出の対GDP比率を上げない事。上げるという考え方は、不評で、政府も企業も医療費抑制一辺倒が、既にある答えとなっているように、見受けられます。抑制政策を、もしかしたら、国民も、消費者として安価な医療という側面だけで、受け入れている側面が、その効果としてある気がします。

    ですが、この事の、意味することは、歯医者のみならず、医師、薬剤師の改革意欲がそがれ、逆に、患者の選択の幅も狭まれ、医療の質の向上は、どこまで期待できるのだろうかと思うのです。

    もし、この業種をサービス産業と位置付けるとすれば、より良いサービスは、残念ながら高くついて当然であり、サービスを享受する患者は、自らが求めるサービスを提供する医療機関に、その報酬が十分報われるような仕組みまで、組み入れて考えるそんな、ボトムアップ的思考がいるのでは無いかと、思う事すらあります。

    経済的困窮を動機として、新しい技術を、新しい設備投資に衝動的に動かざるをえない流れを作る政策(決して、意図したものではないとしても)は、気付けば、国としても、回り回って、損失する額はトータルで見れば、大きなものになる気もするのです。

    享受患者というのは、情報と交渉力を持ち合わせている事も、同時に要求されるかも知れません。

    ですが、この享受できる仕組みが出来上がる事は、決して損ではなく、利益も逆に大きくなる気もします。

    例えば、当院は咬合治療を、専門に行っている医院です。

    今だからこそ、専門的という事が出来ますが、その根底のエネルギーは、おそらく、真剣に、この資本主義における医療を考え続けた事にあるような気がしております。

    トヨタではありませんが、無駄を省くこと。資本主義のルールに基づき、規制のない自費診療は、何とか、安価にできないか、それだけを考える事。そして、確実な技術提供を出来る基盤を作ること。でも、治療費の枠は、やはり、限界はあります。

    これが、当院の根底にある考え方です。

    それが、効率という見解を気付かせ、効果という方向を考える懐に成長させてくれたものと思うようになっています。

    ですが、その根底は医療を守りたいという、多分、このライセンスに恥じない所に、自分を置きたいと思った所が、大きかった気がしてなりません。

    日本の医療は、弱くなっている気がします。弱り続ければ、今度は、殺される事になります。それこそ、資産患者か、資本患者でなければ、何も始まらないことになる気がするのです。
    杞憂であることを願っていますが、そうなってからでは、非常につらい結果を,国民皆保険制度は招くことにならない事を、願っております。

    マスメディアの影響か、始めは医療事故であれ、医療ミスというセンセーショナルな、見出しで賑わせ、医者の非道ぶりを強く打ち出し、実は、極度の医師不足であると、今度は、対象を、国の政策に持って行く…
    (事故にあわれた方々の、想いはここには触れておりません)

    僕が、頭が悪いのか、どうしても目先、小手先に、全ては動いている気がしてなりません、

    医療費の増大は、もしかしたら、政策の中に、細かい部分まで、ガイドラインというしゃれた名前の規制をあらゆる所に、張り巡らせているせいかもしれません。

    もしかしたら、非効率な規制が、細部に渡って、張り巡らされているせいかもしれません。

    それによって、医療が効率的で無くなり、逆に増大したのかも知れません。

    また、別の見方をしてみる事も、必要なのかも知れません。

    もしかしたら、医療費の増大は、効率が良い限り、そして、享受が患者にある限り、実は、経済効果にも、多分の良い影響が、あるかも知れません。

    享受を具下化するため、人材雇用の経済効果を与え、逆に、お金の循環が生まれ、景気が良くなるきっかけを作るのかも知れません。

    享受を出来る事になり、健康である分、もしかしたら、患者自身が、勤め先に、家族に、社会に与える経済効果は大きな物になるかも知れません。

    安心が膨らむことで、少子化対策に貢献できるかも知れません。

    ですが、歯科は、総割合に占める医療費の、抑制効果が少しずつ現れ、同時に国民の、医療機関への受診意欲低下作戦も、功を奏し、歯科にかかるべき意識は、相も変わらず高いにもかかわらず、患者数が確保できなくなっている。
    経営コンサルタント塾は流行り、患者様と呼ぶんだ運動は、盛んになり…
    患者で、人称が成立しているのに、様は?ないだろうと思うのですが…
    ただ、慣例で患者さんと、柔らかい言い方が、あった所に、ならば、様をつけても、という発想は、そのうち、学校の先生は、生徒、学童ではなく、生徒様、学童様、幼稚園児は、園児様?になるのかしら?って、思うのですが…

    日本語は変わるものとしても、何でも、かんでも様は、頭を弱くする気がします…

    保険外の治療を、いっせいに進め始める状況下になり始めている…

    本当に医療費の増大は、問題しかないのでしょうか?

    逆に、いい事は、一切、無いのでしょうか?

    社会の警鐘する方々に、一度、考えてもらいたく思う時もあります…

    いつか来た道を、辿るように、後から気付いて、センセーショナルは、無しにしてほしく思うのですが…

    さて、真剣に、どうして行こうかと考えないと、いけない気がしませんか?

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    最終更新 2014/12/03
    保険治療の限界を、患者も知るべきではないか

    とはいえ、保険は・・・(なんだろう? その6)

    昔、少し思った事を整理してみます。
    僕が最初に感じたことは、保険と、自費の治療内容の、どうしても破られない壁がある。

    でも、この壁が、例えば、白黒にこだわる限りは、答えは、形の差と言える事となります。形が、非常に明確で、物の精度で、保険と、自費が存在するという、言い方で、全ては、単純化できるように思いました。

    でも、実際は、どうなのだろうか、そんな事を、考えました。

    本質論は、治療契約と、治療同盟という、信頼関係の構築と、金銭支払いの関係性に、まずは、保険と、自費という治療形態の違いが、有るのかなって、僕は考えるようになりました。

    このスタート地点の差が、まずは、保険治療自費治療という世界には、あるものだと考えるようになりました。

    次に、また、悩み始めました。

    来院する患者は、保険、自費というスタイルは、物の、質にあるのだと、考える方がいます。

    これは、もしかしたら、患者が持つ当たり前の世界感なのかなって、自然と受け入れている僕がいました。

    そこで、保険という制度のシステムを、今一度考えてみる事にした僕がいました。

    半世紀前に生まれた技術評価を、現在も行っている。
    新しく生まれた技術は、基本的に医療行為には認めつつも、医業行為としては、保険制度にはほぼ100パーセント、反映を認めない。

    医療費削減という方向に国が向かうと、見方を変えれば、次々と解釈的規制を、(ま、俗にいう、本音と建前の世界でしょうか)かけ直す。

    この構図は、保険請求を受け付けないという形で、後々、返ってくるわけです。

    保険治療の限界を、患者も知るべきではないかと、考える僕がいました。

    その限界は、技術的側面の限界かもしれません。

    でも一番は、新しい病名は認められても、既に、保険行政の規制では、その病名を、保険請求には出来ない所があるせいかもしれないという、事を知ってもらいたく、表現した僕もいました。

    それで、思わず提案をしてみたこともあります。

    如何に歯を長持ちさせるか、そこにこだわる事が、実は、もしかしたら、口腔にとっては、非常に良いのかもしれない、そんな事を、書いてもみました。

     あなたのニーズに合う先生がいた場合、どこがそんなニーズに答えられたのか、整理されて、誰かに、何かのきっかけで話す機会があれば、話して欲しいと、ラブソングを語った僕もいました。

    多分、今ほど情報が、盛んでない時代であれば、こんな言葉は、きっと、次につながる、何かを提供してくれるのかなって思ったのです。

    でも、また悩むのです。

    そもそも15分を基本として、同時に3人から4人見ることが前提のシステムに、今度は、しっかりと見る事を、要求する政策は、何かが違うのではないかと、また、新たな違和感が生じてくるわけです。
    (これは、治療内容の話ではありません)

    そうすると、考えれば、考えるほど、この国の歯科医療は、いったいどこを向こうとしているのだろうと、この国でライセンスを取った者としては、悩むわけです。

    この答えが出るまでは、保険も一応はこだわろうと、考える事としたのです。

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    最終更新 2014/12/03
    病態の把握について -その4-

    前回、如何に地図が大事か、使い方で面白くなるか、すなわち、その地図を組み合わせていくことで、何かが見えると話しをしました。では、実際のところ、関連図と言っておりますが、それを、行う為に、我々は、何を考えていかないと行けないか、そして、そこにどう取り組むべきかを、考えていきたいと考えます。
    その前に、何を準備すべきなのかを、考えたいと思います。
    一つ、患者が来院したときの、流れを整理していきましょう。

    さて、その際、大事なことは、主訴を明確にしていく作業が必要になってきます。
    つまり、患者が訴える事を、我々は整理して、聞きだす作業が必要になってくるかと思います。

    この方法に、私たちは、色々な問診表、質問表を、持って患者と接するようにしております。聞き出すことと同時に、如何に正しい情報をいただけるか、その為に、改めて色々な事を、書いてもらう必要性があると考えます。

    そこから、次の作業が開始します。この際、最低限、レントゲンとP検と、模型があるといいかと思います。保険で取るのですから、ある程度、模型に関してはアバウトで構いません。そこで、データを、ドクターサイドで分析します。ここは、残念ですが、アバウトであることを、徹するしかありません。保険点数では、我々は、模型を丁寧に取れば取るほど、経費倒れになります。しかし、知る事、伝えること、この為には、仮に、ここで、経費倒れになっても、院長である私は、構わないと判断しています。むしろ、必要と感じて、その旨の説明をいくらしても、拒む患者、拒める患者の方が、怖いです。

    本題に戻しましょう。
    出来れば、P所見は、あなた方のテリトリーにもなるわけですから、プロとして、気付いたことを、合わせてコメントをカルテに書いていただいていると、すごく助かりかます。
    次に、アセスメン準備の話し合いが持つ必要が出ます。

    客観的な情報を、改めて聞き出していただきたいと思います。

    状況からどんな検査がいるのか、どんな検査をしていくべきか、そして、病態把握の為、どんな問診事項がいるのか、等々、ここでは述べることが出来ないぐらいあるかと思います。

    そして、聞き出してください。
    次に、どんな検査がいるか、説明をお願いします。
    ここは、ドクターが、逐一説明する必要性はないものと考えます。

    君たちは、コーメディカルスタッフは、患者を管理する側で、ドクターは、患者を処置する側という、水平分業の立場におるわけです。

    君たちが、しっかりと説明をして、どうされるか判断を患者に仰いでいただきたいのです。
    検査が終わり、君たちの情報をアセスメント化していただいて、私たちドクターは始めて、関連図に入ることが出来ます。

    何故、このような形を取らないといけないかといえば、簡単です。

    今、現在、我々の生活の場の歯科界は、保険病名と実際の、臨床病名には既に、乖離がある事実が出来上がってしまっている側面があり、そのまま現場が受け入れている事実があること。特に、噛み合わせのジャンルにはそれが特に、顕著であること。とすれば、それは、非常に危険性をはらんでいることになります。

    次に、検査が、保険の枠を、既に超して存在する以上、治療契約、治療同盟を構築する為には、正しく、情報を共有する必要性があること。

    保険の検査では、保険病名をつける義務が、私どもにはあります。

    しかし、保険外の検査においては、保険病名の病名がつけられる場合、そのまま、適応をしていけばよいと思います。しかし、既に、その枠を超して存在している病名には、正しく、その病名を、我々の先輩たちが、見出した、病名で、その存在を、しっかりと把握する必要性が出てまいります。

    医科の先生たちが、さすがだなって思うことは、その存在を越した場合、必ず、その病名をつけ、患者に渡すことをしていることかと思います。

    制度の違いがあり、一概に導入をしていないことを、私どもは卑下する必要性があるとは思いません。むしろ、先輩たちが置いていった言葉をしっかりと、調べ、患者に与えてあげればよいかと思います。

    そして、彼らが把握できない場合、彼ら自身、こういった手法にて、導き出す、つまり、地図を描くという作業をするのです。私たちも、それをして、正しく患者に伝えればいいのだと思います。

    医科の世界では、君たちが見ている、私どもが扱っている症状に罹患している患者の一部には、筋繊維症という名前を与えることになる方々も存在するようです。何故、このような遠巻きの言い方をするかといえば、私は、その基準では、審査・診断をしていないからです。

    ただ、この、病名のすごいところは、例えば、顎関節症という、疾患も実は、この病名の中に含まれてしまっている、一ジャンルの病態だということです。既に、ここを着目して、この医科の診断基準で、この病態と戦っている先生もいます。

    友人の一人として受け入れてくださっているみたいで、私には、誇り高いです。たまに、連絡を取るのですよ。

    私も、この見解には、詳しくは、勉強をしていないのでという断りを入れさせていただきますが、実は、噛み合わせと、この筋・繊維痛症は、大きく関わっていると思います。

    ここで、理解していただきたいことは、さすが、医学部、頭がいいやでは、無いです。
    逆に、彼らは、噛み合わせなんていうものを、分かってはいませんから。でも、それは、専門分野が違うから、仕方が無いかと思います。

    また、時代が変われば、分かりません。このことわりを予め、入れておきますが、この、先んずる目を持った先生のように、歯科も当たり前のように、この診断基準になるのかもしれません。

    病名が無い人間たちに、病名を与えることの出来る事が、どれだけ、罹患している方々の福音になるかです。

    顎関節症と、噛み合わせの異常と、体の愁訴は、その言葉の定義上、一切、関連性はありません。いいですね、覚えて置いてくださいね。

    ここを、しっかりと理解してください。ここからが、大事なのです。

    我々が見ている患者の訴えは、残念ながら、保険病名には、無いものが正直多いです。

    では、どうしなければならないかだと思います。
    でも、改めて、言いますが、病名が無ければ、あるいは、病態把握が無ければ、決して、前には進めないのが、治療です。

    私自身、学んだ(保険病名ではないですが)病名で、ずーっと、治療をしてきました。
    その成功率は、統計を取ったわけではないですが、相当に、高いものと勝手ながらに自負しています。

    ですが、この高い、低いなどは、正直、どうでもいい話かと思います。

    問題は、治せずに悲しい思いを、させた患者がいた事です。
    何故なのか?

    それだけです。
    私が、悩んだことは、その系の患者が、訪れたとき、10人来れば、4人は、後の2人は、賭けだなって思っていた時代もあります。

    次に、6人までは行ける、後2人は、何とかなるか、でも、あと、2人は・・・

    そう考えていました。

    今は、不思議がらないでくださいね。あきらめたわけでも、自暴自棄になったわけではないのです。

    あんまりそんなことは考えていないです。というよりも、怖さを感じず、ただ、当たり前に、当たり前のことをすればよいと考えるにいたっています。

    その秘密は、病名と診査、診断にあったと今になって考えます。難しい方もいます。でも、問題点が分かれば、次に、どう導けばいいか、分かるじゃないですか?

    昔、噛み合わせの治療で悩んだとき、ある先生に言われました。
    僕は、10年、かかって治したことがある。
    治せなかったこともある。
    でも、その運動を続けなければ、仕方ないのじゃないだろうか?

    そんな話でした。

    それが、ライセンスの持つ意味ではないだろうかって。

    患者の声を聞くこと、難しい患者ほど、正しい訴えをするのだから。
    それを、頭で否定するのではなく、受け入れてごらんなさいと。

    相当、話が横道にそれました。

    で、考え出したことは、昔触れた話に戻りますが、構造が歪んでいる事と、訴えを、そして、考え付く検査を全て織り交ぜて、導く方法は無いかということだったのです。

    なら、医科の人間がどうやって、病態を把握して、導くのだろうと、調べて、歯科的な方法として導いたのが、アセスメントか、そして、関連図なのです。

    さて、ようやく、この目的を、伝える手前まで来ました。

    次回は、もう少し、アセスメント、関連図をどういった位置づけで、そして、如何に病態把握まで、導くのか、そして、君達、コ・メディカルスタッフに活躍してもらいたいか理解していただきたいと思います。

    この病態を把握する方法は、色々とあります。しかし、ドクターとスタッフで、次に、何を聞き出すか、正直、大事な思案どころに、なると思います。できれば、ここで、ポイントになります。

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    最終更新 2014/12/03
    誰が得をするのか?

    とはいえ、保険は・・・(なんだろう? その22)

    口腔と全身との関わりを、決して、今まで書いてきた管理する側も、手をこまねいているわけでは、決してないと思います。

    保険制度における反映に手をこまねいているわけでもないと思います。

    ただ、あまりにも、解決すべき因子が、多く、制度自体に無理が生じて来ている気がしてならないのです。

    もし、預けてきた医療費を、必要に迫られ、管理する側が、私達に一括で返金する仕組みが出来れば、もしかしたら、理想の治療を躊躇することなく、受けることが出来るかも知れません。

    もし、金利もなく借りることが出来るのなら、躊躇なく理想の治療を受けることが出来るのかも知れません。

    差額分のみ、負担する事が可能になれば、理想な治療を安価に、受けられるのかも知れません。

    民間の保険会社に、適応できる商品を作ることを許可すれば、それも、また可能になるのかも知れません。

    今、手をこまねいて、気がついたときには…

    と、なった場合、誰が得をするのでしょうか?

    そんな事を、私は考えたりもします。

     国民一人一人が、享受できる環境になるには、お任せではなく、考え、選挙にいって、反映する積み上げをしていくことからしか始まらないと、そのように思うのです。

    制度崩壊が本格的に始まったとき、その時は、実は、誰も得しない結果に終わる気がしてなりません。

    私どものスタンスは、単純です。
    保険病名がつかないものには、保険適応が出来ない。
    保険対応の技術で対応できないものは、保険対応が出来ない。

    保険で出来る事は、保険で行いましょう。

    そんなスタンスです。

    しかし、いつの間にか、医院もかみ合わせに特化した患者が多くなっていました。
    そして、その専門性を維持するため、保険の範囲で、十分治りうる患者に対しては、その役割を、ひとまず、終える事を視野に置き始めてもいます。

    医院の治療の質の維持の為、保険治療のみ希望の場合、定員制を(保険治療においては、数を見ないと売り上げには一切反映されません。でも、質を守るとなると、無理はしたくないと考え始めてもいます)検討し始めてもおります。

    申し訳なく思う側面もあるのですが、かみ合わせで悩む患者の深刻度は、相当なものです。生半可の受け入れ態勢では、実は、結果すら生まれない事を、経験が教えます。

    ただ、矛盾しているかも知れませんが、この制度については、今しばらくこだわって考えたくも思っております。

    *かみ合わせの重度の患者は、時に半日お付き合いする事もあります。(治療する事もあります)その際の費用は、施術料が基本となります。

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