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こすが歯科医院 ブログ

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学会2

学会で、多分あっしは刺激を受けたと思います。
きっと、確認したかった何かを確認できたからでしょう。ま、解剖の世界ですが。
アッシの持ている解剖の本ですと、どうしても見つからない。

ま、勉強不足だから仕方ないのでしょうが、課題がさらに確信できたので
探せばいいのでしょう。しかし、見つかるでしょうかね?頑張りたく思います。

ふと気になった事だけを記してみたく思います。
ただ、表現は気を付けたく思います。

ネットの時代です。宗教、思想、人種、年齢等ありとあらゆる属性が、容易に曝け出される
時代です。下手すればあらゆる属性を攻撃する事が出来る。それが始まれば、粘着質に攻撃
される場合がある。それを防ぐ手立てもない。ただ、攻撃のきっかけにだけはならないよう、
表現には気を付けたく思います。どうぞ、攻撃する事が目的ではない事は、承知ください。

手っ取り早い治し方があれば、どれだけ臨床現場の人間も、患者も楽だろうと考える事があります。
そうなる時もあれば、それが叶わず苦戦する事もあります。それが、臨床の現実。
ま、これはアッシのリアルな属性という事で。

1)顎位という世界
ここも相当に顎位(だけ)が、解放のカギと捉えこだわった事があります。
これが主に臨床を進めている集団がいる事も知っております。
あっしも、一時はこの集団に属性を置いていました。

顎位が大事というスタンスは変えておりませんが、顎位が全てという発想は捨てています。
顎位がおかしくなり、様々な部分の身体のパーツに影響を与える場合があります。
これは、実際、身体に様々な影響が降り落ちた場合、時にその降り落ち方は、患者の肉体に
地獄を提供する場合があります。

病名について紹介する事は、避けたく思います。
この地獄、己の精神状態を崩壊させかねない程のダメージを渡す場合もあります。

このダメージは、例えば仲たがいをしてしまった人間関係を”さようなら”と清算する訳にも行きません。
自制をすれば解決するという訳にも行かない。顎位がおかしくなる時、そんなダメージが生じる場合がある。

この顎位の乱れを知る方法はないか?乱れの要素とでも表現すれば良いのでしょうか?
あるいは、乱れを生じさせる因子が無いか?

そんな事を考え続けていた時があります。
あれ?これは、あっしの属性の話ですね。
学会と直接関係なくなっている気もしますが、しばしお付き合いいただければ。

2)医療分野の壁
医療分野には、悪い意味での規制もあるでしょうが、医療責任を明確にするための規制もあります。
前者は、医療者の行動を縛る物になり得る物でしょうが、後者は患者利益を守る上で必要な縛りというのが
アッシの捉え方。


顎位を決定する事を認められている資格は、アッシの理解だと歯科医の範疇と思っております。
無論、神が降りたようなセンスをお持ちでそれを誘導できる非歯科医がおられることは想像するに容易いものです。
それが、三法に属す方もおられるでしょうし、医者にもおられるでしょう。
無駄に多いとは思いませんが、ゴロゴロいるような気もしています。

顎位を維持する条件には咬合が維持されることが求められます。
この咬合に携る仕事が歯科医になります。

過去、三法の先生が患者の顎位を毎回毎回、面白いように変えて咬合が乱れる事を無視して
施術をされた経験があります。
最後には患者を介し、問いかけたことがあります。

症状を取る為に、顎位をコントロールされる事はご立派です。ですが、教授いただきたい。
どの顎位で、咬合を定めればよいのか?歯科医の立場ですと、毎回違う顎位では咬合を
構築しようがない。患者は咬合の構築も求められている。

この責任は、先生にお任せしてよいだろうか?

私の方では、手の施し方が見つからない。

仮に顎位をご自身が決める事が出来るというのであれば、一定の位置で治るように仕向けてもらえないだろうか?
或いは、今の時期は一定化が出来ないというなら、計画を提示いただけないだろうか?

こんな経験をしたことがあります。
*報告としては、この相談後、顎位が一定化して事なきを得ます。

この時の経験は、要素だけを考え続けた際の出来事でした。因子など見えようがありません。
調べても、どうしても弾ける情報が得られない。

医療という中の縛りは、「手っ取り早く治る」という価値観と一線を引くものなのでしょう。
即ち、ハイリターンがあるかもしれない。これは、大きな財産。
同時に、それに伴うハイリスクから患者利益を担保する事が目的なの
かと理解しています。これは、損失というのでしょう。

これは、あっしの理解でしかありません。

先の例を主に、三法の思い出に耽ると、きっとハイリターン。
この患者の現症が解決する。
ハイリスクは、顎位が固まるにつけ咬合が崩壊する可能性がある。

当たれば、あっという間にハイリターンが得られる。
逆の表現を同じように使えば、当たればあっという間にハイリスクを得る可能性もある。

どちらも”あっという間に”起きる。

この箍が外れて、他業種交流の如く、あるべき形で連絡(情報の交通)が行われれば
この捉え方もなくなる気もします。でも、それには情報交流を行うための記号であり、
認識の共有化、プラットホームというべきか共通の土台が整備されていかなければ
ならないのでしょう。

難しいですね。

3)藁にもすがる思いに応えたいヒポクラテスの誓いの側面と、相反する価値感を紹介するヒポクラテスの誓いの意味
先に要素と因子の話に触れました。
交錯する痛みの活動性に対し、脳幹脊椎系で理解を促進させてきました。ところが、姿勢筋反射の活動性における
交錯関係の解剖を学会で確認します。

この解剖の情報を求めていました。これ、あっしの欲求の一つ。

アッシの歴史の中では、ある一人の医療者の痛みを伴う疾患と対峙していた時期があります。
この方の歴史の中では、アッシの存在は消えているのかもしれませんし、それこそ”さよなら”の思い出なのかもしれません。

それぞれの心の属性の話なので深く触れるものではないと心得ます。

この方の出会いから、色々とありました。ただアッシの中で言える事は、因子という方向にプロとして向かうよう仕向ける
エネルギーをくださった方でもありました。これが、アッシには大きかった。

歯科医教育にはない理学所見の眼を何気に伝えてくれたのもその方でした。
この理学所見は、そう簡単に教育抜きには得られるものでもありません。

調べ続ける事が、ヒポクラテスの誓いに入っている項目とするならば、同時に、自分の領域に踏みとどまって
それ以上向かわないというのも、きっとこの誓いにはあるのだと個人的には、その理解を努めてもいます。

あっしの感想文はこれぐらいにして。

当たれば、あっという間にハイリターンが得られる。逆の表現を同じように使えば、当たればあっという間にハイリスクを得る可能性もある。

この表現をなんで書いたのだろうと思い返します。
ヒポクラテスの誓いは、医者の患者に向かうそう心意気のようなものと表記すればよいのでしょうか?
任務や、倫理を確認するものと言えば良いのでしょうか?

不勉強なので、ご興味がある方はネットで検索をされてみてください。

歯科医がヒポクラテスの誓いとは笑止と言われそうですが、どうぞお許しください。

先に書いた表現。ハイリスクもハイリターンも実は患者サイドに存在する可能性がある気がします。
同時に、この横に存在する得体のしれない実際は、併せて医療者サイドにも付きまとう物の気がします。
診断に間違いがなく症状も取ったのに、顎位を安定させていたものが急におかしくなる。
この恐怖は経験した歯科医でないと、身を持って分かる物ではありません。

この原因が因子という存在のコントロールにあると知るには、練炭の苦しみがありました。
多分ね。
この苦しみの経験が、きっと、きらりと光る何かを学会で感じた際、嬉しく思う心に繋がるのでしょう。
この先は、ライセンス者に対し話しかけているのだと思います。

仮に、この抽象的な表現形態をリスクと表現するならば、あっしはつたない経験から思います。
顎位に全てがあるという発想者は、時にこのハイリターンの裏側には必ずハイリスクがあると知られた方が良い。(そんな事を思います)

顎位という導く方法において(この手法に関して異論はありません)この手法を自分のものとしてトレースするならば
どうにかハイリスクに関し見つめなおすと良いだろうと、経験から思います。この見つめなおす手法はどのようにして
得るのかは、アッシは馬鹿ですので分かりませんし、問いかけられても何一つまともなものなど返せないと思います。

仮にこのリスクを承知し把握していたとして、ハイリターンを得る事が無謀と考えるのが世の常のような気がします。
しかし、このハイリターンを信じ突き進んでしまうタイプもいる。
この動機は様々でしょう。
成功(この場合治癒)する事だけを考え、失敗(この場合、痛みのコントロールに失敗が起きる)が起きるとは絶対に考えないタイプ。
自分が治せないとは思ってもいない。

ただ、あっしのような愚鈍とは違い、中には失敗などつゆとも経験せずに突き進む奇跡のような医療者もいるかもしれない。


このお話なの中で確実にいえる事は、ハイリスクもハイリターンと称しているものは、実際の所、成功と失敗が増幅する臨床の結果でしかない。

あっしは、開業医なのでハイリスクもハイリターンも実は、ご遠慮したいと思っている。
それより確実の中でしか、確実な医療は生まれないと考えてすらいる。

この確実の意義は奥深いので今回は割愛したく考えてもいますが、最後に一つだけ。

4)つまるところ
あっしのような小心が一番という捉え方と一線を引くべきと承知します。全ての医療に関わる人が小心に拘る必要などないと思ってもいます。
マグマの如く、信念で痛みを取るのだという力で進むことに一切の否定するものなど持つ訳がありません。
世の中を変えると、大胆に動く力を否定するものなどある訳がない。
あっしは小心もの故、臆病なだけですので離れた所で見るだけで十分です。

仮に唯一の光明に近づいていると思えば思うほど、急いではいけないのだとその方にお伝えしたいのでしょう。
年単位で観察する必要性もあるとアッシは捉えているのでしょう。
その方とこの件でお話しする事は”さよなら”という関係になった以上、あっしはお断りをしますが、ただ折角できた
咬合を見る方との距離が適正なのか確認されたほうが良いとお伝えしたいのでしょう。

それぐらい、慢性疼痛患者の安定は脆弱の可能性がある。これは、つたない経験から覚えたあっしの臨床。
慎重に慎重に見極め続けないと、おそらく調子が悪くなる日も来る気がすると、個人としては杞憂であって欲しいと
思っています。いえ、願うという方が適切かもしれません。

その方は才能あふれる方故、そんな事はないと思いますが万が一の可能性は、確認されておかれると良いと
”ふと”思いました。

周りを(聞き手)引き込むような自信あふれる発表であれば、何も思わなかったのでしょう。
そんな発表をされた時もありました。
今回は景色が違うように、手前勝手に感じます。
妙に壁を作り苦しそうな感じで発表されている。そんな事を感じます。
感性の世界なので、小心者の勘違いという事もあるかと思います。
どうぞ、適当に受け流して頂ければ。

ま、感性がずれていると評価されることが多い人間が故に、戯言と笑っていただくのが宜しいかと思います。
考えすぎるお人なもので。反省です。
こんな評価がアッシの場合、ちょうど良い。

線維筋痛症患者の経験を思い出しながら、ふと、よぎった言葉の階層の一部を紹介してみました。

長くなりました。
おしまい

*次回からは、またお茶らけで表現したく思います。
このような文体は、性に合いません。
仮に最後まで、お付き合いいただけたなら感謝します。
そんじゃ、診療室で。あるいは、HPで。









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