東京都府中市 京王線府中駅前【顎関節症に詳しい医院】

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顎関節症に詳しい歯科医院

このサイトでは、顎関節症、噛み合わせなどの問題について、当院の考えや取り組みを紹介しています。

このホームページは、事、咬合(噛み合わせ)という世界を、とことん掘り下げて紹介していこうという、そんなエネルギーで、書いております。

別に、全ての項目を読まれる必要は無いかと思います。
知りたい、あるいは、面白そうじゃない、そんな興味をもたれた方には、頑張って、是非読破されてください。

どの章も、一話完結になるよう、工夫しております。

ですので、決して、全部読まれようとはされないでください。
それよりかは、ご自身が、興味あるいは、必要性を感じられた部分を読んでいただければ、良いと思うのです。
そして、知りたい分野だけ、読まれて欲しいと思うのです。

また、私自身、成長するホームページでありたいと思う想いがありますので、定期的にをしている側面もあります。

そして、書いている私自身が、ある種楽しんでいる側面すらあります。
そう簡単には読破されるものかと…だから、決して、全部を読まれる必要性は感じておりません。

楽しみたい方がいれば、是非読破されてください。

特集

新シリーズ

『歯科と医科の盲点』
最終更新 2018.04.13
私自身、長年結果論ですが咬合と全身の関わり合いを研究する(ような)状況に陥ってしまいました。いえ、正確に言うと必要に迫られました。

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    最終更新 2019/07/28
    プレゼンの日が
    プレゼンの日が決まります。ま、何度かさせて頂けてきたので(経験として)
    取り立てて緊張もないようです。

    きっと、何度かの体験も、アッシにとっては意味をなさないと…多分、割り切っている
    からでしょうか?

    ま、割り切ってどうなる物でもありませんが、割り切らないと平静さを保つ事は人間が
    出来ていない身としては、大事な方策のようです。

    ま、個人が一人できっと何かをしたくて、プレゼンをしたいのでしょう。

    さて、どうなるか。

    ま、そんなことも人生の中ではあるという事で
    おしまい
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    いわゆる発信事(風)

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    最終更新 2019/07/21
    身体と痛みと攻めすぎと…
    例えば臨床の事を沢山報告する形態をとるブログもあるようです。例えば、術前・術後と状態を報告するブログもあるようです。そんな感じで、このブログを振り返ると立ち位置は、全くもっていい加減と結構、性格を表すようで、”ま、こんなもんか”と受け入れる以外なさそうです。

    ま、息をすると苦しいとか、肩回りが痛いとか、頸が苦しいとか、そんな叫びというか主訴を訴える方々もクリニックですからおります。

    頸が確実に身体に乗る位置と言えば良いのか。そんなことを、やはり悩む側からすれば安直に術前・術後を出せる気にはどうしてもなれません。性格なのでしょう。

    ま、結構頸が乗り始めるとき、私ではなく身体を手当てをする施術者に通っている患者がいるとする。歯の異常を変えながら、次はここと治療の課題を決めている最中、徒手療法家が見事に攻めすぎて逆に別の所を痛めると感じる出来事がありました。

    緩むからここぞとばかりに攻められたのかと”ふと”思いつつ、臨床は難しいと思うに至ります。

    アッシですか?その方にとやかく持った感情はございません。
    何とかしたいというエネルギーで取り組まれて患者も感謝している。そこで、文句を伝えようもんなら罰が当たる。こんな見方もあると思います。
    お願いをお伝えします。攻めたいと思われかつ、目指す完成度の4割か6割程度のもしかしたら物足りなさを感じる程度で今は治療を受けてほしい。こんな事をお伝えすることをお願いします。

    頸と身体が乗ると言えば良いのでしょうか?これは中々難しい。今、科学が持つ技術での対峙法と言えば…
    かなり厄介というのがアッシの見識。調べて探してあるのか…でも、この運動は続けるのでしょうね。

    さて、そんなお願い事をしながら、過去が思い出されます。

    ま、個人の過去ですからどうでも良いのでしょうが。

    今回の方とは全く違いますが、別の徒手療法家にお世話になる事もありました。
    思わず、彼にいろいろと言われたことを思い出します。
    今は距離があって、私は平穏でおられますが。この距離が一番良い。

    今考えると、あれって苛めというのだろうなって、必死だった頃の自分を振り返りながら思い出されます。今は必死という状況におそらく飽きたらしく覚悟だけは忍ばせて、笑っていようと決めているようですが。

    小言、指摘を振り返りながら「重い」と感じていたのだと今更ながらに思い返されます。
    歯科治療がどれだけ身体に影響を与えるか。この事実関係は、疎かにされている現実。自分なりには、ようやく論理展開というか科学にするだけの理論を導けましたが。(科学という代物は反証をする枠がいるみたいです。その枠を作れたのでしょう)
    この疎かにされている中、次に影響が科学されていない中で、臨床に立ち向かわねばならなかった現実。

    この怖さは知らない事で臨床を成立させている歯科治療が是なのか、この怖さを踏まえて臨床に取り組む歯科治療が良しなのか、きっと、そんな議論が起きる日が来るような気もします。

    身体が動くようになる線維筋痛症の方を見ていても思う事もあります。(今回の例の患者ではありません。権威から診断された病名の方です)

    さて、一見すべてを否定しているように聞こえない下、人格までを攻撃していた(見事なまでに陰険を消し、気づかせないよう)あのさわやかなさは、今になってようやく”お見事”と感心するに至ります。相当、あっしは愚鈍なのだと妙に呆れます。日本語の奥行きがどれだけ深いか、今更ながらに感心します。
    日本語って凄いですね。本当にそう思います。

    こ馬鹿にされている事を必死な中では気が付く余裕すらない。
    「確かにご節、ごもっとも」と納得しつつ、”でもな・・・”なぜ、納得しながら内なる声は、疑問を感じるのだろうと考えるときもありました。
    「確かに、ご指摘は聡明です。」と反論はできずじまいでも”しかし、何かが違う…と、釈然としない中、ふつふつとした感情も芽生えます。

    歯科における臨床の怖さというか、知られていない課題が実は相当に大きく、うまく言えませんが科学になっていない所が隠されている結果と、この頃は抽象的表現ですが理解するようになっています。

    ★同じ事の繰り返しのように思いながら、変わる事もある。

    例えば臨床の事を沢山報告する形態をとるブログもあります。例えば、術前・術後と状態を報告するブログもあります。そんな感じで、このブログを振り返ると立ち位置は、状況や状態や環境が整っていない中、「さもありなん」という表現だけは避けたいと考えるブログです。だから、”ま、こんなもんでしょうか”と紹介するに徹しています。

    歯科の臨床ですから、歯科の治療の出来事しかありません。
    この出来事から、身体にこんな影響を渡すのかと感じる以外ありません。
    でも、この影響は公にしていかないといけないのだろうとこの頃は思うようになっています。

    本当に難しい。

    先の徒手療法家に何かを申したいかと言えば、アッシの場合取り立ててエネルギーは無いようです。
    声を思わず荒げたことは一度だけあります。
    そういえば患者を介し。

    歪んでいると先の徒手療法家にずっと言われます。

    一つの基準で評価すると歪むが解放されつつあった中、思わず声が荒がります。
    その方は、何を基準に歪んでいると言われるのですか?
    一つの指標から解放させていますが、その指標はあなたと私で共有している情報にある。(具体的なものは紹介しませんが)
    もう一度訊ねますが、その徒手療法家は、自分の主観以外に歪んでいる根拠をお持ちですか?

    ここは科学で評価をすべきです。科学には主観はありません。まさか、見た目というトンデモ理論で返す気はその方にはないですよね。
    私らが於いている指標を渡します。その方に見て貰ってください。其の上で、どこが歪んでいるか具体的に記して頂いてもらって下さい。場合によっては、私も意見を貰いに行きます。ここで宣言しますが、主観と分かれば、話にならないと撥ね付けるかもしれません。撥ね付けられたくなければ、意見を聞きに来させてください。おかしい、その徒手療法家は。チコちゃん風に言えば、”ぼーっと生きてんじゃねーよ”になるのですかね?な~んてことを呟いた気がします。

    アホなんで、あっしは。そんなことを言ったような気もします。
    その後は、なぜかぴたりと歪んでいるという報告を受けていないから不思議です。

    思い返すと、あの苛めが強くしてくれたのかもしれません。


    さて、耳症状はどうするか…
    歯科ですしね。

    ★同じ事の繰り返しから、微妙に修正を加えた行き着く先はどうなるのだろう。
    例えば臨床を沢山報告する事を選んだブログもあります。例えば、術前・術後と状態を選ぶブログもあります。”こんな感じ”でいく中で模索を図るか。そんな立ち位置を選んだブログなのでしょう。状況や状態や環境が漠然としている中、「こんな未来が待っています」という表現は医療という立ち位置からはかけ離れると考えています。だから、”ま、こんなもんでしょうか”という構成以外は難しいのでしょう。


    ところで、科学というのは修正習性を繰り返しながら性格に近づくという方法もあるようですね。
    そんなことを、一度まとめてみたくなります。

    落ち切らない所でおしまい。





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    最終更新 2019/07/06
    脳と会話する?2
    脳と会話すると、言葉はすごいけれど意味は全く分からない表現を使っています。
    ほんと、自分の表現力が嫌になります。

    しかし、咬合というやつはこんな表現を用いないと、うまくいかないと思い始めている
    状この頃です。

    ま、そのうち素敵な言葉が生まれると信じながら、面白いこともあると
    妙に感心した現症を。小話風と言えば良いでしょうか?

    肩や首の調子が改善し、ひざの痛みも解消しました。

    ま、そんなこともあるかもねっと、取っていただけばよいのですが…

    『脳と会話する』という世界観で、口腔環境を落ち着かせると、インソールが合わなくなって膝が
    痛くなりました。そんなお話です。

    口腔もおかしい。 膝もおかしい。
               ↓
             整形の紹介下、インソールを依頼する。

    口腔を介し、脳と会話する?
     ↓
    調子いいじゃん。

              インソールが出来上がって、インソールを履く。
                ↓
              逆に、ひざが痛くなる。
                ↓
              何?どうして?


    と、言った経緯がありました。

    下から、重心を合わせようとする。

    もともと、おかしくなった口腔環境はそのままだった。

    口腔環境を変えて、重心が変わって、インソール自体が合わなくなった。

    ま、きっとこんな所なのでしょうが(このように推察している)、一度インソールを相談されることを奨めます。
    こんな事もあるのですね?

    不思議な経験でした。

    『脳と会話する』こんな事を考えるとは思ってもいませんでした。
    ま、臨床とはこんな世界なんでしょうかね?

    きっと、正確に言えば自然科学がゆえにまだまだ解明されていない事があるととらえる方が適切と思います。
    そんな所を、色々と見える様になったところが、論文化をチャレンジしようと思い始めた動機なのでしょう。

    さて、明日はようやく休み。
    今度は、アッシ自身の脳を休めたく思います。

    おしまい
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    最終更新 2019/07/05
    脳と会話する?
    独り言です。脳と会話するというのでしょうか、そこに当たり前の咬合の秘密が
    あるとようやく納得するに至ります。

    長かったな。この域に到達するの。
    しかし、あまりにきつい作業でした。

    はぁ~。

    これで一安心になるといいよな。
    おしまい
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    最終更新 2019/07/04
    またプレゼンを
    またプレゼンをするのでしょうかね?そんな話が舞い込んできそうです。さて、わかりません。
    知りたくて追い込んで、知りたくて追い込みすぎて首が回らないというのが実際ですから。

    プレゼンをすることで展開が開かれることを望んでいますが、さてどうなることやら。

    無理して滅菌器を仕入れて、無理して拡大鏡を新調して(この言葉が適当ではないでしょうが)
    確かに、何かが変わった。

    予測していたものより先の何かが見えるようになってもいます。
    ま、気が付くというか確認するのはあっしの世界ですから、それでよいのでしょうが。

    しかし、どうなることやら。

    何かが変わると良いなって、神頼みの心境です。

    ま、明日も来るし、また生きよう。そんな感じです。

    おしまい

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    最終更新 2019/07/03
    とりあえず
    論文の大枠を一通り書けたような気がします。ま、生意気にも原著論文ぽい事を狙うから、恥かくだろうなって、一人落ち込んでもいます。でも、少なくとも9年かけて調査した事をまとめるだけですから、それもありかと一人合点している状態です。しかし、金がかかるよね、論文にするという事は。さて、世に出すか、諦めるか。またいつもの病気が始まったようです。おしまい
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    最終更新 2019/06/28
    噛んで回復する
    随意収縮と、また書いていて厄介な表現を用いているなって思いました。でも、きっとこの表現は避けて通れない、そんな風に思います。

    ま、臨床であればいちいち随意収縮を考えているわけでもない。それが、実際ですが、この関係に持っていくことが大事なのだろうとしみじみ思う事が多くなっています。

    噛んで身体が楽になるという自覚を患者が捉える時、本当に不思議な顔を示します。
    さて、どうした物か。

    また悩みが増えています。
    参りました。

    おしまい
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    最終更新 2019/06/28
    随意収縮というのでしょうか?
    考えてみれば当たり前の事なのでしょう。脳の反応と言えば良いでしょうか?噛むという世界には脳は影響を受けるよな…
    何を書いているのだろうと出だしの一文から思ってしまいます。
    只、咬合の世界は奥が深い。深すぎて深すぎて、参ります。
    今回は観念的な書き方しかできないというのが関の山かと思います。
    知るべき山の高さはどれくらい高いのか、その頂を登る事だけを考えてきました。
    どうやら、ここが頂きか、頂上かと納得してみたら、今度は目の前に茨だらけの荒野が拡がる。

    仕方ないと開拓を進めてみると深いくぼみが出てきた。
    降りてみるかと降りてみると、深い。本当に深い。その底はどこにあるかピーンと来ない。

    しかし、体の痛みに拘り、気が付くと咀嚼にもう一度視点を置き直す。
    本当に複雑ですわ。

    ま、そんなところで

    おしまい
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