難民という人口移動が本格的になる気配です。正しいのか、適切なのか、不適切なのかは、きっと、歴史という評価を待つべきなのでしょうが、私は、ゆゆしき問題と変わらず見ています。立場が違えば、違う解釈もあるのかもしれませんが・・・
一時の感情と、長く続く交流では持つ意味は違うと思います。
難民が、戦火が終わり帰国する、そんなプログラムまで纏まって、一時退避という言葉は成立するのかもしれませんが、今のヨーロッパを見る限り、難民という立場の動機に、移住という移民のようなごちゃ混ぜな展開になってしまっているような感覚すら覚えます。多分、国連、そしてそのトップである事務総長が汗をかかれるべきと思いますが…あたしを含め日本人が云えば、国内では左巻きの方々が崇拝する儒教の指導の下、感情を振りかざしそうです。また、左巻きを指導する左巻きの知る世界地図におわす二つあたりの国が、虎視眈眈と揚げ足取りに燃えそうで、黙る方が良いのでしょうかね?
中立ではなく、公正でも良いでしょう。この際、仕事をしていただけるならぐっと、堪えるぐらい容易いものです。でも、国連の事務総長というお立場なら、目先ではなく先々まで見通して動かなければ、衝突だけが緩やかに準備されていく気がしてなりません。
性奴隷商人にあこがれ、挫折したメディアの方は、儒教の国は軍人を30万人減らす事を嬉しそうに誇らしげに語っておられるようです。でも、皆様の報道は、その持つ意味をさすがに冷静に分析されたようです。どちらを大事にされているかという議論でもありません。
遠い方でも環境が激変しようとし、近い方では儒教の方々もさすがに環境変化を見つめないと行けなさそうです。今までは、日本悪い子、ダメな子でまとめて、左巻きに同調させるよう仕向ければ、とりあえず収まっていたのかもしれませんが、環境変化の持つ意味は、その変化を傍観するか、対応するか、ただそれだけを求められている気がしてなりません。嫌な話です。左巻きの方々だけが平和にこだわっていません。日本人のみならず、世界中の人々が求めていると思います。
難民は戻る事が前提でなければ(この瞬間、難民というべきなのか、言葉の定義は難しいと思います)、移民として(こんな表現になるのでしょうか?)自らの人権を当然に主張し始められるでしょう。民主主義の主張する権利である限り、難しい問題です。ですが、社会にそのキャパシティーが既になければ、どうなるのか?
感情であってはいけないと、考える以外ないと思う根拠はここにあります。今すぐ結論と言えば、私は受け入れてはならないという、そしられる事を承知で云うと思います。長く交流をして共同体を育てるうえでふさわしい(決してそんなことは完璧にはなりませんが)ベースが出来上がらない限り、認められないと思う立場にいます。その意味では、ヨーロッパの方々は凄いと思いますが、まつり以外の方々の思いはどうなのだろうと、とても疑問に感じる事もあります。
翻って国内を見れば、儒教の国の指導の賜物なのか、変わらない事だけを、求める方々も相変わらずおられるようです。本心で変わる以外選択肢が無いのであるならば、左、右の垣根を越えてあるべき議論を進めて欲しいと思うのですが、難しいようです。感情的な影口(?)と思えるセリフはまつりごとに携わる方々から聞こえてきますが、一歩間違えると暴力が闊歩する雰囲気になり始めている以上、どう巻き込まれないようするか考えること自体からの逃避は、どうしても頂けない気がしてなりません。
あたしの心では、逃避しかされない人は排除して見ていかないと、激変する世界に対峙は出来ないのではないかと思う次第です。どうなのでしょうか?
変わらない事が取り残される事のように感じてならないからかもしれません。この場合の取り残されは、きっと、悲しいとか、苦しいとか、惨めとか、そんな言葉に集約されるのだろうと思うのです。
スクランブルをせざるを得ない回数が年々増えて、それは、左巻きの方々の指導者のシナの方面で、この抑止力に自衛隊が活躍している事実を認識する事からではないのかなって思うのです。
平和を重んじる重んじ方は、左巻きの方々が云うだけの世界感ではない筈です。
憲法が排除したのではなく、自衛力が排除したのでしょうね。
民度が高いというのは、法律が優れているという側面よりも、紡がれた伝統と社会が育んだのではないかと思うのです。
分りません。
仏作って魂入れず、そんな諺を何気に思い出します。
どうぞ、左、右という垣根を越えて、日本の未来への対応を考えて欲しく思います。
そういえば、お医者先生。一緒に論文を出しませんか?そんな粋な事を申してくださいました。さて、どうしましょう?
あたしは完璧な医療者じゃありません。神様じゃないから。完璧を目指したいと思っても、完璧になれません。
でも、その道をひたすら見つめたいエネルギーは失いないたくないと思っています。
何かの力になるかもしれません。
そんな協力をするのでしょうか?
こればかりは分りません。
ま、それも人生。
変化に対応できるのかしらね。だいぶくたびれて来たし。おしまい