1)深い意味などないのですが
深い意味などないのですが、観念で縛られると、いつしか憶測に縛られるのかなって考えたりする時があります。
多分、深い意味など考えていないと思います。
ただ、年の瀬が迫り、やはり、来年の事を考えてしまいます。
無意識と考えます。
世界のニュースと云うのですか?眺めていると、元気が出る場所がない。
でも、一時、毎年のように、千歳飴の如くこの国のトップが変わり、政局合戦だけがニュースに飛び込んでくるよりは、まだいいのかとも捉え直したりもしています。
ラジオで、相も変わらず民主主義を取り戻すとか、戦争法案を廃案にするため野党連合をと云うくだりを聞いた際は、いつもの風景だと安心してしまう始末です。
良くないですね。
企業のトップが(申し訳ありません)無能だと、大企業と云え、傾くどころの騒ぎでないのかとラジオの声から感じた事。
でも、政権を取らない限り、その他は無能でも(申し訳ありません)許される?と、感じた事。
2)孤独の箱か、愚か者の箱か?
業績が悪化という言葉を聞いて決して愉快にはなれません。で、この国の誇りと(あっしが)思っていた企業の業績悪化から始まるその先の物語の想像は、楽しさなどありません。でも、何となくですが、その悪化と云われる企業の本質的な問題は、「トップの資質」なのかなって、感じる時もあります。で、トップの資質で、名門とはいえども、一瞬にして吹っ飛びかねない事があると云う事態が、とても、怖い事を意味している気がしてなりません。
必死に勉強されて社会的地位にも恵まれた。一生懸命に働かれて未来も揚々の筈だった。これまでの世界であれば。
でも、トップの資質のおかげで、もしかしたら、一瞬に絶望の片道切符を渡される。
目の前の事を妙に、暗く感じてしまうのも、もしかしたら、世界のニュース以外に目の前で衰退?凋落?(あって欲しくないけど)崩壊・・・という現実を肌で感じるからかもしれない。
でも、寂しいのは、先延ばし?隠ぺい?で、公になった際退陣をする。
でも、このやり方がもはや通用しない時代に変わって来ているのかもしれない。云え、通用していた時代があった方が不思議だったのかもしれない。
グローバル化って云うのは、より厳しさが当たり前になる時代なのかもしれない・・・
表立っては正々堂々と、裏に回れば抜け目なくと云う所なのでしょうか?
この精神がなければ、泥臭い世界を渡り会えないと云う事なのでしょうか?
ただ、臨床で生きていた経験で、一番パニックになった事は何だろうと考えるのです。
予測できない事が次々と起こり、状況が二転三転と変化し、その中では綺麗ごとも理想も通用せず、結果だけを求められる。そして、その結果に攻め続けられる。何が正解なのか、文献上でも、偉い人に聞いても解が出ない。孤独?という箱に自らが嵌り込んだ瞬間を気が付いた時でしょうか?
この孤独感は、半端じゃない。
仮に先に記したように先延ばしと云うのでしょうか?隠ぺいと云うのでしょうか?そんな行動を取れれば、孤独の箱にはいないで済んだかもしれない。
代わりに、愚か者の箱に入って、絶望の切符を持つ羽目になったかもしれない。
時代の波が激変している(事だけは感じる)から、きっと元気が出ないのだろうなって思うのです。
不安だからでしょうか?
3)今を生きるに徹するのか?そういう事は置いといて、(何を指し示すか分らない)観念の中に安住を求めるのか?
具体的な事など、実は、何も考えられません。そんなに、頭良くないから。
グロバル化で、大事な事はこんなところらしい。それが、衰退・凋落・崩壊から逃れるコツらしい。でも、あっしは、多分、その逆を考え行動しているぽい。だから、不安のだろうな・・・
(1)経営陣は変革を拒まない。 →変革などしない。ただ、あるべき姿を追求する。
(2)保守的なビジネスモデルからの脱却 →医療に忠実に生きれば良い。
(3)立場に安住し、世論に鈍感でいない →何も気にしない。ただ、安心感と信頼感を大事にしたい。後の評価は分らない。
(4)トップが無駄にて残り、老害をさせない。 →まだ、その年になっていないから分らないけど、居座ってやる。どう引退するか、示してやる。
(5)時代の早さを理解し、時代の先を読む →医療の中に本質があるから、歯科の可能性を考えれば良いじゃん。
(6)恐竜になってはならない →ここは、同意。無駄と思うから
(7)利害で構造改革を怠らない →合理性、効率性は患者負担の側面からも大事。上手く言えないけど、自分を勘違いしない
生き残りのためには、過激に云えば人食いサメの如く生きる方が、グローバルの時代は正しいのかもしれない。関係ないけど、うちのマーク、サメなんです。そんな事を考えて選んだ訳でないのだけど・・・
生きるに徹するって、冷徹にライセンスに忠実という意識を持ち続ける事のかなって思うようになっています。だから、不安ねのでしょうね。
4)「お人好し」にはなれないけど、”熱さ”は持ちたいものです
(今となっては、あたしの場合)憶測で顎位を決めて、スプリントでお金を頂戴すると生き方はとうに止めてしまったようです。
どうにも、あたしの性に合わない。
生き方ですから、別によそ様にケチをつけると云う意味などありません。
これでは、忠実な所に行きつかないと考えたからなのでしょうかね?どうなんでしょう?
筋肉のコントロールと云う手法も、治療アイテムとしては未だに用いていますが、今は、たまに使うぐらいになっています。
多分、徹すると云う意味を、自分なりに見出したからなのでしょう。それだけは云えます。
ま、いつものように模型を計測して、何かを考える。
憶測は、もう結構。そんな事を思ったからでしょうか?憶測で願望に情緒を含めた(意志の)誘導に相当にあきたせいかもしれません。
根拠を足場に、仕事をする十分な土俵を作る方がいいと思ったからかもしれません。
きっと、寂しき感じたもう一つの本質は、必要な事ばかり用意して仕事に立ち向かい、愚かさの箱に入った理由が見えない事。
抽象的な表現ですが、仕事の為の十分な用意が為されていなかった事を何となく感じたからなのだろうと思う次第です。
分りません。
株主、債権者、消費者、得意先、地域社会、行政機関等の関係者全員を「騙す」結果に陥るのは、騙すに値する必要な事ばかり用意した結果な気がします。
信用を守り、社会に貢献する事が、十分な用意に値する気がします。
グローバルになればなるほど、もしかしたら、この”十分な”という側面が見落とされがちなのかもしれません。
さて、あたしは、どこまで”十分”なと云う事にこだわれるのでしょうか?
そんな事を考えながら、今年の残り僅か、考えてみたく思うのです。
おしまい