この頃2つの世界に生きている様な錯覚に陥る事があります。
一つの世界は、アッシの生きている国は戦争を仕掛けていて、人殺しの予算がまかり通り、立憲主義ではなく、独裁者が仕切っている窮屈な国だそうだ。この視点で、日本大嫌いな人と思える人が主体と勘繰ってしまう情報の方々の口ぶりを聞くと、相当に合点がいく。更に、選挙カーを介すと、怒りの声が聞こえて来る。このまま行くと、日本が嫌いなくせに日本が滅びる事が決定的だそうだ。その方々の持つ危機感は並大抵では無く、調査委員会も次々と元来の日本人を主に、設立している様だ。しかし、その調査委員会からの報告は未だない。
もう一つの世界は、例えば必死に日本人の為に、身体を呈し活躍された自衛隊の方々の姿をつい最近あらためて知る事になる。例えば人工透析の為に働かれ、結果350名の命を救って下さった。近海にはシナが、無礼なふるまいをしておっても、必死に耐えてくださっている。それを何とかしたいと思っても、アッシには選挙ぐらいしか思いつかない。国を守る防衛費は、いつの間にか人殺しの予算とラベル貼りをされる。で、医療を福祉を充実させるという。意味が分らない。つい最近、EUから脱退を決められた太陽の沈まない国は、この人工透析はある年齢からは、記憶が間違いなければ自費診療あつかいになる。恣意的に狙って情報をサブリミナルにする行為は、卑劣と云う感覚を申し訳ないが覚えてしまう。
日本が嫌いな情報の方々は、お優しいからスル—。些細な言葉尻を際立たせ気違いの如く扱われるのに、どうやら別の世界にアッシは生きているようだ。
そんな別世界と、現実世界に生きているアッシは、どうしても別世界の住民になる事は出来そうにない。
国を憂うる事や、未来を信じ、公益や国益を考える事よりも、只、ファシズムに導く如くの恐怖の煽りはどうしても受け入れ難い。怒りを訴えられても、悪口を訴えられても、そこに次があるのか見えないお優しい言葉には、聞けば聞くほど「甘い言葉には裏がある」そんな事を思い出して仕方がない。
両手両足を縛られ、無抵抗のまま腹や頭を足蹴りにされて、ひたすら痛いのを我慢して、プライドを捨て、うずくまっている姿、そんなイメージをアッシの国に持ってしまう。その事実をごまかす為に、あるいは、それを気付かせない為に、どなたかの指図なのか知りませんが甘い言葉を、囁いている気がしてなりません。そう云えば、友党のシナの国際金融機関、沢山のお国を集まられたようですね。いずれアジアにある国の数をこしそうな勢いです。いつバスが発進するのか、発車は未だ無いようですが。
拉致された同胞に対する共有もなく、シナや儒教に同調したい姿が見え見えの別世界には、どうしてもアッシは受け付けられません。
しかし、計測と云う世界はまだまだ奥が深いようで、まだまだ格闘は必要な感じです。
もっと、国益や公益に奉仕する選挙演説を聞いてみたいものです。
おしまい